第四話
お世辞にも綺麗とは言えない室内で三人の男が顔をつき合わていた。
俺は髪をかきあげ、アンドロイドは無表情に散らかるダンボールを眺め。
もう一人の青年…白木陽宥は、頭痛を堪えるように頭を抱えていた。
時は遡ること三十分前。
「いい天気だなぁ。引越し日和だ。」
そう言って薄暗い路地裏から人通りのある道に出ると、数歩遅れて青年が顔を出す。
「おい、本当に行くのか。」
「当たり前だろ。昨日散々説明したじゃねぇか。」
やっと引き取ってくれる相手が出来たのに、この野良猫は何を言っているのか。
捨てられたことが原因の一端とはいえ、ツイストしまくったその性格は何とかしてほしい。
「大丈夫だって。あいつは一度拾ったもんを捨てるような真似しないから。」
そう言って指通りのいい髪を撫でると、思いっきり手を叩き落とされた。あうち。
「あ、先輩。」
インターフォンを鳴らすと、アルコールとタバコの臭いを纏った陽宥が出てきた。
アルコールの呪いで死にそうな顔をしている後輩に思わず笑いそうになるが、
タバコのフィルターを噛むことで耐える。
「おう、すげぇ顔してんな。」
「そう思うなら二日酔いの相手を前に銜えタバコは止めてください。で、何の用スか」
「昨日話てたやつを連れてきたんだよ。」
そう言われて一瞬陽宥が停止した。
ちょっと待て記憶ねーぞ。ヤべー、昨日飲みすぎたか?と呟く陽宥。
嫌な予感がするが知ったことか。俺は後ろに立っていた人物の腕を掴んで引き寄せた。
「…ッ離せ助手!!」
「っと…!はいはい暴れんなって。」
上から押さえつけるように羽交い絞めにする。
日に透かすと紫がかって見えるサラッサラの黒髪が首筋をくすぐった。
少しキツめの藤色の瞳は警戒と緊張に彩られている。
不機嫌に歪められた口元と柳眉を損なわぬ、滑らかな白い肌。
すらりと伸びた手足と細身の体に反して、低い声が未だ何か怒鳴っている。
「だ、誰…スか?」
どこぞの芸能人顔負けの美人に、陽宥は思わず声を上ずらせる。
「あ?決まってんだろ。」
そんな後輩の様子など関係無しに暴れる野良猫を、やっとこさ大人しくさせると
「昨日お前に話した、『アンドロイド:レノン』だよ。」
二日酔いの気だるさを、一瞬で吹っ飛ばす台詞をのたまった。
「はい?」
****************
そして冒頭に至る。
アルコールからくるそれとは違う種類の襲い来る頭痛に耐えているだろう、
後輩の顔は苦虫を軽く百匹くらい噛み潰したような苦さだ。
昨夜のなんちゃって死体遺棄事件後の部屋の惨状に目を剥いたアンドロイドの手を引いて、
勝手知ったる様子でソファに腰掛ける。
「あ、あの先輩。ちょっと…」
陽宥はといえば台所からコーラを三人分入れると、テーブルの上に置いた。
それと入れ替わりでタバコを取り出した俺の首根っこを掴んで廊下に逃げ込んだ。
「先輩!アンドロイドって何の話スか!?」
「はぁ?お前昨日言ってただろ。あいつを引き取ってくれるって。」
「知りませんよそんなの!!」
本当に記憶に無い。そう言い募る陽宥に肩を賺し、首をかく。
あー、もう。嫌な予感が当たりやがった。
「俺だってそんなん知るかよ。とにかくお前が言ったんだ。責任取れ。」
「んな無茶苦茶な…!」
「あー、あー。何も聞こえナーイ。」
ひらひらと手を振って後輩の非難をパリィした。
扉に手をかけたところで一人置いてけぼりを食らったアンドロイドの姿が見えた。
目の前のプクプクしゅわしゅわ音を立てる、黒くて冷たい飲み物を眺めている。
ツンツンと汗をかき始めたグラスをつついたり、ストローをちょいちょいといじったり、
その姿はさながら新しいおもちゃにおっかなびっくりな子供のようだった。
「コレって飲めるのか?」
呟いて悶々と考えながら、それでも初めて間近に見るコーラに興味深々な様子。
何となく眺めてしまったが、その声に我に返って戸を開けた。
「どうした。」
「いや、何でもない。ただこいつがお前は飲食は可能か聞いてきただけだ」
そんな佐藤の言葉にそんなこと聞いてないと憤慨する陽宥などスルーして、
きょとんとしてるアンドロイドの隣に腰掛け、先ほど邪魔されたタバコに火をつける。
まぁ座れと促せば素直に従う陽宥。うむ、やはりこいつは下っ端属性だな。
「ちょっと先輩!」
「んだよ。因みにこいつは飲食可能だぞ。安心しろコーラも飲める。」
「へぇ、凄いっスね。ってそうじゃなくて!!」
思わずノッてしまった自分をごまかすように叫ぶ陽宥の言葉をパリィ!パリィ!
こっちは奢ってまでやったってのに、今更キャンセルなんぞ聞いてやるものか。
そういう意味合いでにやりと笑ってやると、陽宥が顔を引きつらせる。
『諦めろ』
口の動きだけでそう伝えると陽宥はテーブルに手を突いてorzの体勢で項垂れた。
そんな陽宥を不思議そうに眺めていた隣の人物から、くんっと服を引かれる。
「おい、コレ飲めるのか。」
「おーおー飲めるぞ。試してみろ。」
そう言うとこくんと割合素直に頷いてストローを小さな口に銜える。
そのまま恐る恐る口に含んだかと思うと、けほっと咳き込んだ。
「どうした?」
「ぴりぴりする…」
口を押さえてそんなことを言う姿に、思わず頭を撫でてやる。
途端ぎっと睨み付けて手を振り払われた。この野郎。
隙を見せたかと思えば、すぐこれだ。
そんな俺たちの微笑ましいスキンシップも目に入っていないのか、
真っ白に燃え尽きたボクサーよろしくソファに腰掛ける陽宥。
軽くカオス的状況に陥り始めた室内に、置時計のファンシーな音が虚しく響く。
本来の目的を忘れられ、俺の指に挟まれたままのタバコが俺の指を焦がすまで
あと、二分。