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ふたりで暮らせるかな  作者: 若松ユウ
Ⅵ パールの月
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087

 ガッタが乳搾りを体験している頃、ログハウスではニースがオーナーと歓談していた。


「そうですか。あれから、今年で、もう五十年なんですね」

「長いようで、短かった。長く辛いあの日々は、今でも鮮明に覚えている」

「忘れられないものなのでしょうね。私も両親から、たびたび体験談を聞かされましたけど、まるで昨日の出来事のような語り口でした」

「当時、この世界にいた住民のうち、約半数が犠牲になったんだ。コインを投げ、偶然にも表が出たようなくらいの幸運だよ」


 ニースは、ベストのポケットに手を入れると、中からメインストーンにアメジストがあしらわれたネックレスを取り出した。

 それを、片手の掌に乗せ、反対の手でアメジストの上を静かに撫でながら、ニースは目を細めた。


「今年もお持ちだったんですね、その御守」 

「あぁ。とうとう金具が駄目になってしまったから、首から提げることは適わなくなってしまったけどね。直そうにも、これと同じ細工を施せるだけの腕を持った職人も、もういない。皆、伝統を受け継ぐ後進を育てる前に、戦地で命を落としてしまった」

「その薔薇の優美な曲線を再現するのは、よっぽど熟練した匠の技をもってしないと、難しいでしょうね」


 メインストーンには、薔薇の花を模した彫刻(カット)が施されている。そればかりでなく、ネックレスのチェーン部分にも、所々薔薇の葉を模した装飾が配されている。レプリカを作るのは、オリジナルを作る以上に困難だと、容易に想像できる逸品である。

 ニースは、ネックレスをポケットにしまい、視線を窓の外へ移した。


「これがあったから、死線苦戦を乗り越える気になれた。非論理的な話だが、大きな怪我や病気を免れたのは、これを僕に託したマオの加護があったからかもしれない」

「そのマオさんは、心から愛していたのですね」

「その可能性は、充分に考えらえる。だが、今となっては、本心を確かめることは出来ない。もし、戦地へ赴く前に彼女の好意に気付いていたら、二人で中立地帯へ亡命するという選択肢を採っただろう。まぁ、いくら仮定の話をしたところで、過去はかえられないのだけれど。――おや?」

「あら。お嬢ちゃん、どうしたのかしら?」

 

 窓の向こうで、乳搾りをレクチャーしていた男性が、ガッタを片腕に抱きかかえ、笑顔でこちらに手を振りながら歩いてくるのが見えた。側には、ルナールの姿もある。ログハウスの二人は、ガッタがどうしたのか気になりつつ、カウベルを鳴らしてログハウスから出た。

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