009
パジャマを着せたガッタをゲストルームのベッドに寝かせたあと、ニースは自分の入浴を済ませ、ベッドルームへ移動した。ちなみにベッドルームは、ゲストルームの真上に位置する。
燭台で薄明るく灯された部屋を見渡せば、ベッド以外の大型家具はチェストが一台あるくらいで、あとはカーテンが閉ざされた窓や重厚なドア、マントルピース付きの暖炉くらいしか目に入らない。マントルピースには、伏せた写真立てが一つある。
手にしていた燭台をサイドテーブルに置いたニースは、ベッドに腰を下ろし、テーブルの抽斗から二本の色違いのリボンを取り出す。それから、ストレートの長髪を頭頂部から左右に分けると、それぞれを三束に分け、ゆるく編みはじめる。口先には、抽斗から出したつややかなシルクのリボンを咥えている。
これはオシャレのためではなく、あくまで就寝中に髪が邪魔にならないようにするためである。そのため、結び目の大きさが不揃いであることなど気にもせず、ニースは手慣れた様子でスルスルと毛先まで編み、適当にリボンで留めてしまう。
同じ動作を繰り返すと、ニースは燭台の火を消し、スリッパを脱いでベッドに入ろうとした。
そのときである。
『ニース! ニース!』
「何の騒ぎだ?」
体当たりでもしているのかというくらいの勢いで、ドアを激しくドンドンと打ち鳴らす音がしたので、ニースは燭台を片手に取り、急いでドアを開けた。
ドアが開くやいなや、ガッタは涙目になりながら、ニースの腰に両手を回して抱きつき、嗚咽まじりの声で必死に訴えた。
「くらい、こわい、さみしい」
「何があったんだい?」
「くらいの、こわいの、さみしいの。ひとりは、ねむれないの」
主語が無いと、意味が分からない。そうニースは思ったが、ガッタがブルブルと震えていることから、何か怖い夢でも見たのかもしれないと推測し、ひとまずガッタを部屋の中へ入れ、ドアを閉めた。
それから、ニースは燭台をサイドテーブルの上に置き、ベッドの端にガッタを座らせ、自分も横に腰を下ろし、抽斗からハンカチを出してガッタの目頭に押し当てつつ、務めて声を抑えて問い掛けた。
「何か、よからぬものを見たり聞いたりしたのかい?」
「ちがう。あのね。おへやがまっくらで、ひとりぼっちでしょう? だから、こわくなっちゃったの」
「暗い部屋で一人で寝るのは、初めてだったのか。誰が一緒にいたか、覚えてるかい?」
ニースは、ハンカチをサイドテーブルの上に畳んで置いた。ガッタは、ようやく興奮状態から冷め、う~んと小さく唸りながら落ち着いて思い出そうとした。
「かおは、わかんない。でも、おててがおおきくて、やさしくて、ニースみたいなこえだった」
きっと、それは父か兄か、あるいは、それに近い存在の保護者がいたということなのだろう。ニースは、新たな手掛かりが見つかったことを内心で喜びつつ、ベッドサイドから立ち上がり、毛布の端をめくってその下のシーツをポンポンと軽く叩いて示しながら、ガッタに言う。
「もう遅いから、今夜は、ここでお休み」
「ニースもいっしょにねてくれる?」
「あぁ。特別に、添い寝してあげるよ」
「ふふっ。ありがとう」
ガッタはスリッパを脱ぐと、いそいそとベッドの上に乗り、期待に表情を輝かせながら横になった。そのあと、ニースもスリッパを脱ぎ、燭台の火を吹き消してからベッドへ上がった。
このあと二人とも、朝日が昇るまで一度も目を覚まさなかった。