008
「シャワー、やだ~」
「待ちなさい、ガッタ!」
バスルームから泡だらけで飛び出すガッタと、バスタオルを持ち、カットソーとハーフパンツ姿で追い駆けるニース。髪と身体を石鹸で洗ったあと、ニースが壁に備え付けられたシャワーの蛇口をひねった途端、ガッタが走り出したのである。
どうやら、頭上から容赦なく水が降り注いでくるのに驚き、次いで、目や耳にアルカリ性の水が入り込む不快感に襲われ、ガッタは堪らなくなったようである。
だが、障害物だらけの追いかけっこで七歳女児が成人男性に勝つはずはなく、ガッタは廊下に出てすぐに捕まえられ、バスタオルに巻かれてバスルームへと連行された。
「おめめ、いたい」
「泡が付いた手でこするからだ。今度は掛け湯で流すから、両手で耳を塞いで、しっかり目を閉じていなさい。泡を流してしまえば、痛くないから」
「はぁい」
ニースはバスタオルを外すと、ガッタを背中向きに小さなイスに座らせ、手桶でバスタブに張った乳白色の湯を汲んでは、ガッタの黒髪や柔肌に掛けて泡を流していく。そのあいだ、ガッタは両手の人差し指を耳の穴に入れて塞ぎ、ギュッと目を閉じている。
足元まで掛け湯が終わると、ニースはガッタの両手を持って耳を自由にさせ、湯に浸かるよう促す。
「入って良いぞ」
「わ~い」
ニースのお許しが出るやいなや、ガッタは両目をパッチリ開き、バスタブの縁を乗り越え、湯気立つ適温の水へとダイブした。
シャワーは嫌いでも、入浴自体は好きらしい。バスタブの縁に軽く腰かけながら、ニースが頭の中でそう結論付けた。すると、ガッタは両手でばしゃッとニースの背中へ向かってお湯を引っ掛け、悪戯っぽい笑顔で白い歯を見せながら言った。
「ニースもいっしょにはいろうよ」
「僕は男性で、君は女性だ。裸を見せる訳にはいかない」
「なんでだめなの?」
「あと五年くらい成長すれば、理由を説明できるだろう。とにかく、駄目なものは駄目だ」
「む~。ニースのいじわる~」
ガッタは、引き続きニースへバシャバシャとお湯を掛け続けたので、ニースはバスタブから立ち上がり、カーテンを引き、そのの向こう側へと移動した。
するとガッタは、カーテンの隙間から顔を出して言った。
「ニース、おこった?」
「いや、怒った訳ではない。子供を預かるのも難しいものだと思っただけだ」
「めんどくさい?」
「そんなことはない。ただ、もう少し素直に言う事を聞いてくれると助かる。冷えるといけないから、肩まで浸かって一から十まで数えなさい」
「はーい」
ガッタは、カーテンの向こうへ頭を引っ込めると、肩まで浸かり、湯面から両手を出し、い~ち、に~いと指折り数えはじめた。そのあいだに、ニースはガッタがすぐ着替えられるように準備を整え出した。