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応接間では、ニースはコーヒーを飲みながら手紙を読み、ルナールはガッタの足をタオルで拭いている。
「小石とか木屑とかで足を切るといけないから、勝手に裸足になっちゃ駄目よ、ガッタちゃん」
「ハーイ。こんどから、きをつけるね」
ガッタがしおらしく反省の色を見せると、ニースはルナールがタオルを置いたタイミングでソファーから立ち上がり、手紙とカップをローテーブルの端に寄せ、小包を開けた。
クラフト紙に包まれた中身は靴箱で、それぞれの箱には名前が書いてある。ニースは、ガッタと書かれた箱を持ち、名前の人物の前に置く。ガッタは、靴下を履き直しながら、ニースに訊ねる。
「あけていい?」
「あぁ、もちろん。それは、君の靴だ」
ニースのお許しが出るやいなや、ガッタは蓋に手を掛け、期待に胸を躍らせながらも、そーっと開封した。
箱の中には、緩衝材としてのクローバーと一緒に、落ち着いたボルドーのローヒールが入っていた。
「わ~、すごい! かっこいい!」
「履いてごらん、ガッタ。歩いてみて、足に合うかどうか聞かせてくれ」
ガッタは、新しい靴に足を入れると、ソファーの周りをチョロチョロと走り回ったり、暖炉の前でピョンピョン跳んだりして、靴が足にフィットしているかどうかと確かめた。
「あっ、やわらかい! なんにもはいてないみたいよ、ニース」
「それは良かった。こっちへおいで」
ニースはガッタを呼び寄せると、爪先にどこまで足が入っているか、踵が余っていないかなどを入念に確かめ、これなら歩き疲れることもなく、すぐに窮屈になることも無いだろうと納得した。
ひとしきり喜んだガッタは、古い方の靴を箱に入れて片付けているルナールの足元に注目し、何かに気付いた。
「あっ! ルナールのくつも、いつもとちがう」
「うふふ。私の靴も、一緒に届いたのよ。似合うかしら?」
ルナールは作業の手を止め、スカートの裾を少し持ち上げ、シックなグリーンのパンプスがよく見えるようにした。
「にあうよ、ルナール。おしゃれで、おとなっぽい」
「ありがとう、ガッタちゃん」
ガッタがルナールに気を取られているうちに、ニースは自分の靴を履き替えた。
ニースの靴は、それまでと全く同じデザインで、履き古していない分、日焼けや傷みも無く綺麗なものではあるが、いささか変化に乏しい。
ガッタは、目を離した隙にニースの箱が空になっているのを見て、ローテーブルの左右を見渡したり、下を覗き込んだりした。
「ニースのくつは?」
「これだよ」
「えっ、どれ?」
「だから、これだ。今、履いている」
ニースが足元を指さすと、ガッタはガッカリした様子で言った。
「ウーン。あんまり、おしゃれじゃないね」
「いつもと違う格好だと落ち着かないんだ。研究に支障をきたさないためにも、普段から服と靴は、同じような物をいくつも用意している」
「あっ、そういえば、ニースがおしゃれしてるの、みたことない」
「ファッションに気を遣う時間が惜しいし、流行を追い駆ける必要も無いから」
「もったいないよ、ニース。せっかく、カッコイイのに。――ねぇ、ルナール?」
「そうねぇ」
これでオシャレをして社交場へ顔を出せば、貴婦人たちが放って置かないだろうに。ガッタから同意を求められたルナールは、心の中で賛同しながらも、ニースの言い分も理解できるため、ハッキリとしたことは言えなかった。
ルナールは明言を避けたまま箱を持ち、片付けとブレックファーストの準備を急いだ。ガッタはルナールのあとに続き、今朝のメニューは何かということを考え始めた。
ニースは、二人が去ってからコーヒーの残りを飲み干し、特に意味もなく窓辺に佇んだ。窓の外では、草木が風に吹かれ、さわさわと靡いている。




