069
コンパートメントには、洗面台を挟んで二台の二段ベッドが備え付けられている。一台のベッドでは、上段にシュヴァルベ、下段にルナールが、もう一台のベッドでは、上段にニース、下段にガッタが横になっている。
窓には薄手のカーテンが掛けられ、窓の向こうには満天の星空が広がっている。
「ニース、おきてる?」
吐息を吹きかけるような声でガッタが囁くと、ニースは耳敏く聞き取り、テノールのウィスパーボイスで言葉を返す。
「……ん? どうした、ガッタ」
「うえにあがってもいい?」
「眠れないのかい? 下に降りるから、待ちなさい」
わずかな星明りを頼りに、ニースは上段のベッドを降り、下段のベッドの端に腰掛けた。
「駅に着くのは早朝だから、なるべく身体を休めた方が良い」
「わかってる。でも、カタンカタンがきになって、うまくねむれないの」
「それは、汽車がレールの繋ぎ目を通過したときに鳴る音だ。何も怖がる必要は無い。ぬいぐるみも、一緒だろう?」
「うん。だけど、あんしんじゃないの。ねむれるまで、よこでトントンして?」
「仕方ないなぁ……」
ニースは足をマットレスの上に乗せ、ガッタに寄り添うように横になり、大きな手を毛布の上から小さな胸の上に置き、軽くポンポンと叩いた。
徐々に叩くペースを落とし、ガッタの静かな寝息が聞こえてきたところで、ニースは手を胸の上から外し、起こさないように慎重にベッドから降りた。
「良い夢を」
そっと呟くと、ニースは梯子に足を掛け、上段のベッドに戻って行った。
四人を乗せた汽車は、信号所に近付くと減速し、併設されている給水塔の前で一時停止した。完全に列車が止まったのを確認すると、菜っ葉服を着た信号所の職員が現れ、汽車に連結されている炭水車のタンクに水を補充し始めた。
しばらくして、水がタンクに充分補給されると、職員は炭水車から離れ、信号所に戻り、信号の腕木を水平から斜め四十五度に跳ね上げた。機関士は、信号の変化を指さし確認してから、汽車を発進させた。電車、気動車が当たり前の現代からすると、無駄な時間を費やしているようにみえるが、蒸気機関が発展途上にあるこの世界では、これでも最新鋭の技術。声高に環境問題を訴えてはいけない。
緩やかにスピードを上げた夜汽車は、夜空が紫になり、そこから陽が差して青みが強くなった頃、やっと麓の駅に到着した。




