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「ナイフとフォークのマークが、ブッフェね。おぼえとこう」
「好きな物は、飲み込みが早いな」
コンパートメントに荷物を置いたガッタとニースは、ビュッフェ車に移動した。
真っ先に空いてる席に向かったニースに、ガッタは疑問を挟んだ。
「おにいさんがくるのを、またないの?」
「あぁ、カフェのことを覚えていたのか。たしかに、ギャルソンが案内していない席へ勝手に座ると、その席の担当が休みの場合、誰もオーダーを取りに来ないと言った」
「そうでしょう?」
「だが、このビュッフェ車では、客側が好きな料理を取って食べるシステムだから、ウェイターは食べ終わったカテラリーを片付けに来るくらいだ。チップを渡す必要も無い」
「ふぅん。かわってるね」
ジャケットを脱いだニースと、キャスケットを脱いだガッタは、カウンターに向かった。
カウンターの上には、オードブル、スープから始まり、デザート、コーヒーまで順路に沿って並べられている。カウンターの内側にある調理スペースでは、真っ白なコック帽とコックコートを着た小柄な料理人たちが、せっせと魚を捌いたり、大皿に盛りつけたりしている。
「わぁ~、おりょうりがいっぱいで、おいしそう!」
「たとえビュッフェでも、フルコースと同じように、サラダとスープから取るのがマナーだが……」
ニースは、取り皿を二枚取り、一枚をガッタに渡そうとした。だが、ガッタの身長では、手前の料理も満足に取れないと判断し、一枚を棚に戻した。そして、ガッタが熱い視線を向けている魚料理を盛りつけた。
「今日は、無礼講としよう。先に、これを持って席に行きなさい」
「たったこれだけ?」
「同じ皿に、温かい料理と冷たい料理を載せるのは、見た目にも味にも良くない。それに、ここは何度並んでも良いし、少なくなった料理は補充されるから、焦る必要も無い」
「おもしろいね、ブッフェ」
ガッタは列を離れ、魚料理が載った皿を両手に持ち、座面にキャスケットを置いてある席に運んで行く。隣の席には、背もたれにニースのジャケットを掛けてある。
ガッタがキャスケットを被って席に着くと、スープとカテラリーを二人分持ったニースがやってきて、それらを自分とガッタの前に並べ、席に着いた。
一方、ニースとガッタがビュッフェでディナーを楽しんでいる頃、コンパートメントでは、トランクからニースやガッタの着替えを用意したり、二つの中身を入れ替えて整理したりしているルナールと、二段ベッドの上段で寝っ転がっているシュヴァルベが話し込んでいた。
シュヴァルベが、ノートの切れ端のような紙片を持って上機嫌なので、ルナールは、またしても良からぬことを企んでいるのではないかと、疑いの目を向けて尋ねる。
「何か良いことでもあったの?」
「フッフッフ。うまくいけば、新しい仕事と家庭が、同時に手に入るかもしれないと思ってさ」
「何よ、それ。その紙切れに、何が書いてあるの?」
「同量の小麦粉とライ麦粉を混ぜ合わせ、窪みを作って水を加え、赤ん坊の指くらいの硬さになるまで練り上げる」
「サワードウのレシピね。パン屋でも開くつもり?」
「違う、違う。俺が、まともにパンを焼けるようになったら、デートに付き合ってやっても良いっていう言質を取ったんだ。怒ると怖いけど、あぁ見えて中身は意外と乙女だって分かったからさ。脈ありだと思うんだよね」
「あなたにパンが焼けるはずないから、遠回しに断っただけじゃないの?」
「そういうこと言うなよ。せっかく、俺にも遅い春が来たかもしれないってのに」
「好きにしなさい。まぁ、チャレンジ精神だけは評価してあげるわ」
どれが小麦でライ麦かも分からないでしょうに。道のりは長いわよ。
ルナールは、機嫌よく鼻歌を唄いはじめたシュヴァルベに対し、呆れ半分、期待半分の気持ちをいだいたのであった。




