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「うふっ。くすぐったい」
「もう少しの辛抱よ。動くと取り直しだから、じっとしてね」
「う~、がまんがまん」
ガッタが何をしているかは、視線を下に向け、足元を見れば一目瞭然である。裸足になったガッタを羊皮紙の上に立たせ、巻貝のようにカールした角を持つ革職人が、ペンで足型を取っている。ガッタの背後にはルナールが立っていて、動かないよう肩口を押さえている。
「はい、結構です。よく頑張りました」
「はぁ~、やっとおわった」
「では、今度は反対のおみ足を……」
「えぇ~、もういっこもするの?」
「左右の足は、微妙に大きさが違うんだ。片足だけ型を取っても、片方の靴しか出来ない」
「むぅ。できるだけ、はやくしてね」
「承知いたしました」
ガッタは、新しい羊皮紙の上に反対側の足を乗せ、再び襲ってくるむず痒い感覚と格闘し始めた。
このあと、両足の型を取り終えた革職人は、巻き尺で爪先や甲、足首の周囲を測り、ようやくガッタは靴下を履くことができた。
それから、ニースとルナールの採寸も終わり、三人は、しばし応接用のソファーに座って寛いだ。ガッタは、深く座ると足が床に届かないので、背中をクッション預けてブラブラと足を前後に揺らしていたが、ニースから革やスプリングが痛むから止めるよう窘められた。
「さて。どのようなデザインに致しましょうか」
革職人は、店の奥から色や素材の違う革とデザイン例の載ったカタログを持参し、三人の前にある猫脚のローテーブルに広げて置いた。その瞬間、ガッタはソファーから背中を離し、前のめりで瞳をキラキラと輝かせながら、興奮気味に言った。
「うわぁ~、いろいろある!」
「手前味噌でございますが、革の種類とデザインの豊富さでは、この旧市街でも一位二位を競うものだと自負しております」
「さわったり、みたりしてもいい?」
「えぇ、もちろんでございます。どうぞ、お手に取って、お選びください」
「やったぁ!」
ガッタは、この革は何か、こういうデザインはあるかと質問を重ねた。そこへ、時々ニースやルナールも「紐やリボンが有ると、また転ぶかもしれない」とか「すぐ大きくなるだろうし、よく走るだろうから、ゆとりが多めで、ヒールは低めに」といった要望を挟み、熱々の紅茶が冷めて渋くなるくらいの時間を掛け、ようやく、ガッタの靴が決まった。
その後、ニースは足元を指さし、たった一言「これと同じものを、もう二足」とだけ告げ、続くルナールも「革はコレ、色はコッチ、デザインはココのこの部分が無いタイプ」と簡潔に伝えるだけで、カップに入れた角砂糖が融けるより早いくらいの短時間で、二人の靴も決まった。
「それでは、トータルで、これから三週間ほどのお時間で、お作りさせていただきます。お届け先に、変わりはありませんか?」
「いつも通りで結構です。お願いします」
「あれ? サンのひが、あとさんかいこないと、おくつはできないの?」
「そうよ、ガッタちゃん。これから、さっき取ったガッタちゃんの型とそっくり同じ大きさの木型を作って、それにピッタリ合うように革を切ったり縫い合わせたりしなきゃいけないの。とても一日二日では出来ないわ」
「ふぅん。そんなにたいへんなんだ。えらいね」
「お褒めの言葉、恐縮です」
ガッタとルナールが先に店の前に出た後、少し遅れて会計を済ませたニースが店から出てきた。
「すみません、私の分まで」
「もっぱら仕事に使うのだから、雇い主が用立てて当然だ。それに、足に合わない靴では、業務に支障が出てくる」
「ルナール、いつもよくあるいてるもんね」
ニース様は、私のような使用人でも、きちんと一個人として尊重する、とても珍しい方だ。ルナールは、心の中でそう感じつつ、ガッタに手を差し伸べた。
ガッタは、ルナールの手を繋いだあと、反対の手をニースに差し出した。
「ニースも、おててつなごうよ。まいごになっちゃうから」
「フッ。そうだな、ガッタ。次に見失ったら、二度と再会できないかもしれない」
ニースはガッタと手を繋ぎ、ギュッと包み込むように握りしめた。ガッタも、ニースに応えるように、キュッと力強く握り返した。




