062
ニースが荒物屋で聞き込みをしている頃、ガッタは質屋の外へと出てきた。片手には、ザラメでコーティングされたキャンディーのようなものを二つ持っている。
「あぁ、おもしろかった」
「待ちな!」
「ひゃっ!」
またもや不意打ちで声を掛けられたガッタは、驚いた拍子に手の平を開いてしまった。ガッタが落としたものを拾おうとすると、声を掛けたジャガー属の女性が尻尾で地面を薙ぎ払い、キャンディーのようなものは側溝へと流れて行った。
ガッタは、ひどいことをするものだと抗議しようと顔を見上げたが、目の前にいる女性の鋭い眼光と威圧感に負け、口を噤まざるを得なかった。女性は、口を引き結んだままプルプル震えているガッタに、詰問するような口調で訊く。
「あんた、名前は?」
「ガッタよ。お姉さんは?」
「あたしは、パン屋のオンサっていう者だ。見たところ、ストリートチルドレンでは無さそうだな」
蛇に睨まれた蛙。そんな言葉がピッタリなほど、ガッタはカチコチにしゃちこばっている。すると、身なりの良し悪しを確かめ終わったオンサはその場にしゃがみ込み、ガッタの頭を撫でながら言う。
「そう、ビクビクしないでくれ。別に、あたしはあんたを取って食うような真似はしない。ただ、ここの婆さんは、とんでもなく悪知恵がはたらく狡賢いババアだから、気を付けなくちゃいけないってことを伝えたいだけだ」
「よくわかんないけど、しちやのおばあさんは、やさしいひとだったよ?」
「優しいフリをしてるだけさ。あの飴玉、家の人と一緒に食えって言われただろう?」
「そうだよ。なんでわかったの?」
「やっぱりな。――あのクソババア、まだ麻薬を隠し持ってやがるのか」
オンサは立ち上がり、ガッタの質問に答えずに、質屋の方を睨み付けながら苦々しそうに言った。そして、表情を緩めてからガッタに向き直り、質問する。
「ガッタといったな。あんた、親御さんは?」
「おやごさん?」
「パパかママが一緒じゃないのか? ここまで一人で来た訳じゃなかろう?」
「あっ! ニースがいない!」
ここへ来て初めて、ガッタはニースがそばに居ないことに気が付いた。
オンサは、よく人攫いに遭わなかったものだと呆れ半分で溜め息を吐く。
「落ち着きな、ガッタ。あんたは、そのニースってのと一緒だったんだな?」
「そうなの。あれ? どこいっちゃったんだろう?」
それは、ニース側のセリフだろう。オンサは、心の中でガッタの楽天家ぶりにツッコミを入れると同時に、それなりに素直に不自由なく育ってきたんだなぁとも感じた。
「まだ近くに居るかもしれない。下手に動くとすれ違うから、うちの店で待たないか? と言っても、これから仕込みがあるから、あんまり相手してやれないけど」
「しこみ?」
「秤で生地を切り分けたり、具材を包んだり、窯に入れたり。そうやって店に出すパンを用意することを、仕込みというんだ」
「へぇ~。なんか、おもしろそう! おそばでみててもいい?」
「あぁ、いいぞ」
興味を持たれた嬉しさから、オンサは琥珀色の瞳をした目を細めて笑顔になり、そっと片手を差し伸べた。ガッタは、怒った顔はとんでもなく怖いが、笑った顔はとても素敵だ感じつつ、差し伸べられた手に片手を添えた。
そして、二人は裏通りを進み、角を曲がって別の通りへと移動した。




