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人々は、自然を都合良く改造して生きている。自然のまま暮らそうとすれば、原始時代以下の生活水準になる。
改良には道具が欠かせない。製造者も販売者も利用者も苦痛を与えない道具が、一番優れている。利用者のことを考えない製造者も、製造者のことを考えない販売者も、販売者のことを考えない利用者も自分勝手でしかない。
だから、近年の蒸気機関の発達も、火を手にし、弓を持ち、畑を作ってきた歴史の延長線上にある一つの出来事に過ぎないのだろう。たとえば汽船や汽車の発明は、帆船や水車から発展したものだといえる。
ただ、大量生産には大量消費と大量廃棄がつきもので、物を大事にする精神が喪失しかねない。何より量産品は、誰もが少しずつ我慢して使っている製品で、ジャストフィットさせようと思えば、別途料金を支払って特注品を誂える必要があることに変わりない。そこそこの製品が安価で手に入るようになったことは、社会が豊かな証拠だろうが、ひとりひとりにジャストフィットする製品をいかに安く作れるようにするかが、未来の課題として残っている。
また、製品を作るための工場が、労働の場を家庭外部へと切り離し、都市に人口を集中させ、住宅をミルフィーユのように狭く堆くしている。ナントカと煙は高くへ登りたがるというが、余白が少なく、空や緑が小さくなり、気持ちのゆとりも無くなるもの。塔を造ろうとする為政者に、ろくな者は居ないのは、歴史が証明するところである。
「どうしたの、ニース。おそらをみあげちゃって。ちょうちょさんでもいたの?」
「大したことではない。ただ、この街の空も、ずいぶん狭く、薄汚れてしまったものだと感じていただけだ」
「どんなおそらだったの?」
「もっと広く、青々としていた。そう記憶している」
「ふぅん」
ブレックファーストを済ませた後、ニースとガッタはマーケットに向かっていた。だが、ニースが途中で立ち止まってしまったので、ガッタは不思議そうに空を見上げ、何を発見したのだろうかと見渡した。しかし、何も面白そうなところが無かったので、先の質問に至ったのである。
ちなみに同じ頃、ルナールは「せっかく旧市街に来たのだから、好きなところを見ておいで」というニースの言葉に甘え、ランチに合流する約束だけして、別行動をしている。そしてシュヴァルベは、ルナールの荷物持ち等の雑用係として同行させられていた。
「口紅の次は、香水か。匂いで、鼻が駄目になりそうだ」
「うるさいわね。そういうところよ、幻滅するのは」
「いやいや、相手が姉ちゃんじゃなかったら、もっとノリノリで買い物に付き合うさ。だいたい、たった一本を選ぶのに、どうしてあんなにいろいろ試す必要があるんだよ」
「試してみなきゃ、どれが一番似合うかなんてわからないからよ。当たり前じゃない」
「そこまでしたって、老いには勝てないと思うんだけどなぁ。時の流れは残酷で、とても隠し切れない、――ッタ!」
「あら、ごめんあそばせ。つい、フラッとしちゃって。年のせいかしら?」
「絶対、わざとだろ! おぉ、イテェ」
デリカシーに欠けるシュヴァルベは、ルナールから思いっきり足を踏まれたのであった。




