055
旧市街に軒を連ねるレンガ造りの建物群は、その壁伝いに這う蔦で年数の古さが見て取れる。
夕陽に照らされるショーウィンドウの向こうで、ジャガー属の女性が売れ残ったパンを集めて店終いをしていたり、アンティーク調の木戸の向こうから、軽快な即興演奏曲が聞こえてきたりしている。
徐々に宵闇が迫るパサージュの片隅では、青磁色の菜っ葉服を着たドワーフ属の小柄な職員が、身の丈以上に長い鉄の棒を器用に操り、街灯に火を点けて回っている。
「おさかな、おさかな、ランランラン♪」
ガッタは、ルナールと手を繋ぎながら上機嫌にスキップし、ルナールは、楽しそうなガッタを見て微笑んでいる。
一歩前を進むニースは、ガイドを見ながら目的のレストランへと二人を導きつつ、時々、ちゃんと付いて来てるか、振り向いて確かめている。
「地図によれば、店は、この先を東に入ったところで、青い錨が目印らしい」
「いかり? おこってるの?」
「その怒りじゃないのよ、ガッタちゃん。お船が好き勝手に動いて困らないように、港で重しにしておくための物のことよ」
「ふぅん」
海が好きという割には、港や船については知識が無いのか。ルナールの説明に対し、ガッタはどこか気の無い返事をしたので、ニースは、そう感じた。
言葉としてはピンと来なくとも、実際に浜辺に連れて行ったら、何か思い出すだろうか? ニースは、頭の中で幾つもの仮説を立てつつ歩き続け、角を曲がろうとした。
ところが、その寸前、ガッタはバジルの葉が描かれた看板を掲げた店の前で立ち止まり、丸窓の向こうにいる人物に釘付けになった。
その人物は、年配ながら筋骨隆々としており、こめかみの辺りに爬虫類のような角が二本生え、コックコートの捲った袖口から見える丸太のような太い腕に鱗のようなものが断片的に残っていることから、ドラゴン属であることが推測できる。
彼は、分厚い大理石を置いた調理台に打ち粉をし、麺棒で力強く生地を伸ばしていたのだが、ガッタが通り過ぎるタイミングで、ある程度まで伸ばした生地を更に薄く、そして丸く広げるため、生地を持ち上げて中空へ回転させながら放り投げ、落下した生地を受け止めては再び放り投げるという動きを繰り返している。その行動が、あまりにも予想外だったのか、ガッタは口を半開きにし、食い入るように注目している。
「ピザが気になるの、ガッタちゃん?」
「ピザ? あのおじさんが、ピザなの?」
ルナールの声掛けにガッタが疑問を返すと、踵を返したニースがガッタの側に屈みこみ、丸窓の向こうを指さしながら説明する。
「彼はピザ職人で、彼が作っている料理がピザだ」
「えっ! あれ、たべられるの?」
どうやらガッタの目には、華麗に生地を調理する光景が、遊んでいるように映ったらしい。ニースは、芽生えた好奇心の葉を枯らさぬよう、知識という水を注いでいく。
「ピザというのは、今、彼が回している生地を土台にして、その上に細かく切ったチーズ、オリーブ、タマネギ、マッシュルーム、エビなどをトッピングし、奥に見える大窯で焼いた料理のことだ。ほら、具材とピザピールを持ってきただろう?」
「あのおっきなヘラが、ピザピ……」
「ピザ、ピール。窯の中は高温で火傷する危険が高いから、あれを使ってピザを出し入れするんだ」
説明しているうちに、みるみるピザが出来上がっていく。
「ニース様。レストランは、また今度にして、今夜は、ここにしませんか? ガッタちゃんも、きっと気に入ると思いますよ」
「そうだな。――予定と違って魚料理ではないが、構わないかい?」
「いいよ。おいしそうだもん。はやくはいろう!」
ガッタは窓辺から離れると、ニースとルナールの手をグイグイ引いて店の中へと連れて行った。




