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「このマークは、さっきのおにいさんのことなのね」
「そういうことね。羽毛用品を扱ってるわけではないわけだ」
先に石畳の通りへ出たガッタとルナールの二人は、ピンクの羽根が描かれた看板を見ながら雑感をもらした。そこへ、会計を済ませたニースがやってきて、二人の前に回って歩き出そうとした。
だがニースは、荷馬車が駆け足で自分たちの方へ迫ってきていることと、車道に出来た轍に水が溜まっていることに目敏く気付くやいなや、両手を広げ、二人と車道とのあいだに盾のように立ち塞がった。間もなく、馬車は水飛沫を立てながら通り過ぎていった。
「そっちまで泥ハネが飛んでこなかったか?」
「いいえ。こちらまでは、何も」
「わっ! ニース、びしょびしょ」
「濡れたのは、スラックスだけだ。穿き替えれば済むし、汚れは洗えば落ちる」
「ビーアンドビーに戻りましょうか。いくら暖かいとはいえ、お風邪を召されてはいけませんもの」
「ルナールにさんせい!」
これくらい平気なのだが。内心でそう思いながらも、ニースは、自然乾燥に任せて買い物を続けるのはやめにして、早めにビーアンドビーへ戻ることにした。
「じゃんけん、ぽん。あっちむいて、ホイ! あれ?」
「じゃんけん、ぽん。あっち向いて、ホイ! よっしゃ!」
ビーアンドビーに帰ったあと、ニースがベッドルームで着替え、ルナールが汚れたスラックスの応急処置をしているあいだ、ダイニングに居るシュヴァルベはガッタの遊び相手になっていた。
「スバル、ズルしてない?」
「してない、してない。自分が勝てないからって、俺のせいにするな」
嘘はついていない。だが、シュヴァルベは、ガッタが指で方向を示す一拍前に、目線が指す向きに動くという法則性に気付いておきながら、ずっと気付かないフリをしている。また、じゃんけんの掛け声を自分が言うと、ガッタはペースを乱され、一瞬早く手を出してしまうことも。もし、この場にルナールが居れば、大人げない真似をして恥ずかしくないのかと言われているところだろう。
「ガッタ。ディナーに何を食べたいか、希望はあるかい?」
「あっ、ニース。おいしいおさかながいい」
「魚料理か。わかった。ここのオーナーからグルメガイドを渡されたから、適当な店を探してみよう」
「やったー!」
ガッタは、ピョンピョン飛び跳ねながら両手で万歳して喜んだ。
その横で、シュヴァルベが挙手しながら言う。
「俺もガイドを見たいんだけど」
「結構だが、ディナータイムに開いている、ファミリー層をターゲットにした飲食店しか紹介されてない。君好みの店があるとは思えないが?」
「それで充分だって。俺を何だと思ってるんだ?」
「女性関係にだらしなく、酒癖の悪い奴だと認識しているが、間違っているかい?」
「うっ。ぐうの音も出ねぇ……」
冷静な分析結果を叩きつけられ、シュヴァルベが軽くショックを受けていると、そこへルナールが姿を現した。
「楽しそうですけど、何の話をしてるんですの?」
「こんやは、おさかななの!」
「食材を買い損ねたから、もう外で済まそうと思うんだ。その方が、君も楽だろう?」
「あら、いいですね。――それで、そこのチンチクリンは?」
「ちんちくりん?」
「おい、姉ちゃん。ガッタが変な言葉を覚えるから、やめてくれ」
「うむ。チンチクリンはチンチクリンで、どこか別の店を探す気らしい」
「話を合わせないでくれよ。ひでぇや」
「スバルのこと、これからチンチクリンってよぼうかな」
「勘弁してくれよ、もぅ!」
一対一では負けないシュヴァルベも、さすがに三対一では分が悪いのであった。




