005
預かることに決めたのは良いが、ヒトの子供に必要な物は何なのだろうか?
疑問に思ったニースは、中断していた水やりを終えたあと、書斎に戻り、壁際に並ぶ事典類の中から、ヒトに関係する項目が載っているページを探し、片っ端から読み進めていった。育児の手引きとして具体的な内容に触れている書物は無かったが、ヒト属の生物学的な情報を収集するという点では、不足は無かった。
「ふむ。食に関しては、魚や果物をバランス良く与えさせておけば、ひとまず問題無さそうだな。部屋は余っているから、寝起きする場所も確保できる。あとは、当座に着る物を適当に用意させよう」
大まかな方針が決まったところで、ニースは一人合点してページを閉じ、立ち上がって事典類を両手に抱え、それらを本棚に戻しはじめた。
「あれほど髪が黒いということは、それだけ陽射しの強い温暖な気候に適した構造をしているはずだ。防寒対策は、念入りにすべきだろう。ただ……」
ぶつぶつと考察されることを口にしつつ、最後の一冊を空いたスペースにスッと収めると、ニースは足を止めて顎に指を当て、俯き気味に思案する。
「問題は、ガッタの保護者を探す手掛かりが、現状では皆無に等しい点だろう。ここは海から遠く離れた高台だから、仮に海で暮らしていたとしたら、ここまでやって来る過程が何かあるはずなのに、まるでタイムリープしてきたかのように記憶が抜け落ちているとあっては、解決の糸口すら掴めない」
眉間にシワを寄せ、腕を組んで唸り始めるニース。そこへ、ノックの音とともにルナールの声がする。
『ブレックファーストの用意が整いました。冷めないうちに、ダイニングへお越しくださいませ』
「あぁ、すぐ行く」
ニースは推理を中断し、コート掛けからトレンチコートを手に取ろうと腕を上げたところで、そこに何も掛かっていないことに気付き、ハタと直前の行動を思い出す。
「あぁ、そうか。ガッタに貸したんだったな」
この屋敷にルナール以外の他人がいるという状況は、何年ぶりだろうか。
一刻も早くダイニングへ行こうと急ぎ足で廊下を移動しながら、ニースは、己の単身生活の長さと時の流れの早さを実感していた。




