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応接間では、ニースとサーヴァがノートの数値や図表を見ながら、熱心に話し込んでいた。ローテーブルの端には、人肌に冷めた紅茶が二割ほど残ったカップや、半分ほど平らげた様子の銀皿がある。
「昔から学者肌でしたが、ここまで事細かに調べているとは」
サーヴァが感心すると、ニースは困ったように眉を寄せて言い換えた。
「凝り性だから、一度気になってしまうと、納得するまでトコトン追究しないと夜も眠れないんだ」
「いやぁ、素晴らしいですよ。これだけデータとメソッドが揃っていれば、どんな不測の事態にも対応できるでしょう」
納得した様子で、サーヴァが大きく頷く。ニースは、サーヴァが好意的になっているのを肌で感じつつも、念には念をと駄目押しする。
「それは、僕の申し出を承諾する気があると受け取るが?」
「えぇ、構いませんよ。愛する人に次々と先立たれ、社交的な付き合いを敬遠して屋敷に篭りきりの坊っちゃんが、賑やかな旧市街へと出掛けようと思い立ったのですから。そのあいだの留守番は、手塩に掛けてらっしゃる薔薇の世話も含め、しっかり果たしましょう」
「引き受けてくれるのは嬉しいが、その……。もう少し、別の言い方を出来ないか?」
「おや、これは失礼を。今日は、執事ではなく客人として来てるという気の緩みから、つい、本音が飛び出してしまいました」
言いたくなる気持ちは理解できなくはないが、好きで引きこもってるわけじゃないんだぞ。
ニースは複雑な心情を秘めたまま、元使用人を見据えた。
それと同じ頃、銀盆を持って応接間へ向かおうとしているルナールは、ガッタによる足止めをくらっていた。
「ねぇ、いいでしょ? おりこうさんにしてるからぁ」
「そうさせてあげたいのは、ヤマヤマよ。でも、ニース様に、応接間へは入っちゃ駄目って言われたでしょう?」
「ちょっとだけだから。おはなしのおじゃましないもん!」
「困ったわねぇ……」
ガッタの顔には「お客様を一目見たい」と書いてある。個人的には、会わせてやりたい気持ちが勝っている。けれども、ひとたびガッタを応接間に入れれば、ニースにもサーヴァにも余計な気を遣わせてしまうだろう。何より、一使用人として主人の命令に背くわけにはいかない。
エプロンの紐を持ちながら廊下をついて歩くガッタを横目にしつつ、ルナールの頭の中では、天使と悪魔が乗った天秤がグラグラと揺れているのであった。




