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ブレックファーストを済ませた後、シュヴァルベはジャケットを羽織って出掛けて行った。今日はサンの日なので、もちろん仕事ではない。
ガッタは、シュヴァルベがどこへ行ったか気になって訊ねたが、ルナールは質問には答えないまま刺繍枠と刺繍糸を取り出し、ハンカチを使ってガッタに刺繍の練習をさせた。
そのうち、ガッタはシュヴァルベのことはどうでも良くなり、日が暮れる頃には、ネコとキツネが円を描くように配置されたカラフルな刺繍を完成させた。
ルナールは、玉結びや玉止めがある面に裏布を当てて隠すと、フチを縫い留めて仕上げた。
出来上がったハンカチは、何も知らない者が見れば、拙い出来だと評価するであろう完成度である。
だが、ガッタにとっては初めての作品であり、世界に二つと同じ物が存在しないかけがいのない物である。だからガッタは、そのハンカチを、昨日のシュシュと一緒に、大切にすることにした。
そんなこんなで、今日も楽しい一日を過ごしたガッタは、ディナーの途中から急に眠くなり、シャワーを浴びて着替える途中に、バスマットの上で電池切れになってしまった。
ルナールは、眠ってしまったガッタに、中途半端にはだけてしまっているネグリジェを着せ直すと、自分の部屋に連れて行ってベッドに寝かせ、毛布を掛けた。
スヤスヤと眠っている天使を起こさぬよう、静かに部屋のドアを閉めると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。
「誰かしら?」
ダイニングを抜けて玄関へ行き、鍵を開けると、制服を着たオーク属の女性警官が、酔っ払ってへべれけになっているシュヴァルベに肩を貸しながら立っていた。
「夜分遅くに失礼。この男は、ここの家の者で間違いないか?」
「えぇ、合ってます。すみませんね、お巡りさん。――ほら、しっかりして」
「ウイック。チビの何が悪いってんだよ~」
「はいはい、収穫なしだったのね。かわいそうに」
ルナールは、適当に慰めの言葉を掛けつつ、シュヴァルベに背中を貸し、両腕を肩に乗せると、女性警官に詫びを言って家の中へと入った。
「ご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ。では、これで失礼します」
女性警官の姿が見えなくなると、ルナールはドアを閉め、そのまま引きずるようにシュヴァルベをダイニングまで連れて行くと、部屋の隅に置いてあるロッキングチェアに座らせた。
そして、シャツの襟元のボタンを外して呼吸を楽にさせると、いったんその場を離れ、水を入れたグラスを用意して戻った。
「ぐすっ。職に貴賎なしなんて、ありゃ噓だな」
「懲りないわね。いい歳なんだから、ナンパなんてやめなさい」
「姉ちゃんだけが頼りだよ。見捨てないでね?」
「はいはい。いいから、それ飲んだら、さっさと屋根裏に……」
上がって、と続けようとしたルナールだったが、シュヴァルベは水を一気に飲み干した後、糸が切れた人形のようにぐったりとし、そのまま鼾をかき始めた。
「まっ。千鳥足で階段を上るのは無理か」
今夜は、このまま寝かせてしまおう。そう考え直したルナールは、毛布を取りに屋根裏部屋へと向かった。




