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「ハリー、ハリー、ゲラップ!」
「ウェイト、ウェイト。ガッタ、奇襲をやめろ。いや、やめてくれ」
ぐっすりと眠っていたシュヴァルベに対し、ガッタはポコポコと肩口を叩いて起こしにかかっていた。
シュヴァルベが肩を押さえながら起き上がると、ガッタは満足そうなニンマリとした笑みを残し、トットットと階段を下りて行った。
マイルドの意味が伝わってないなぁとボヤキつつ、着替えたシュヴァルベが階段を下りると、ルナールがブレックファーストをダイニングテーブルに並べているところだった。
「あれ、ガッタは?」
「顔を洗ってるところよ。あなたも、その間抜け面を綺麗にしてきなさい」
「誰が間抜けだ」
眠気が覚めていないシュヴァルベは、大きく欠伸を一つしてから、鍋を温めているルナールに訊ねる。
「おはよう。学会、いつまでだっけ?」
「やっと起きたわね。早ければ、今夜中に戻られるそうだけど、遅くとも、明朝には帰られるわ。どちらにしても、明日の朝までガッタちゃんを預かることになってるから、そのつもりで」
「そっか。――うまいね、この豆」
「ちょいと。勝手につまみ食いしないでちょうだい。くちばしが黄色くなるわよ」
「ひよこ豆だけに?」
ルナールがシュヴァルベを叱っているところへ、ガッタが戻ってきた。
ガッタは、シュヴァルベの顔を下から覗き込み、よく観察ながら言う。
「どっちかっていうと、ちゃいろじゃない?」
「黄色になってたまるか。まったく。この家に俺の味方は居ないんだから、イヤになるぜ」
「この家に限らず、世界中があなたの敵よ。ご愁傷様」
ルナールが辛辣な言葉を投げると、シュヴァルベは、洗面所の方へ移動した。
ガッタは、前日と同じイスに座りつつ、シュヴァルベの後ろ姿を見ながら心配そうに言う。
「だいじょうぶかな、スバル」
「問題無いわよ、ガッタちゃん。このくらいで落ち込むような、ナイーブな神経をしてないから」
「ナイーブ?」
「繊細で、傷つきやすいってことよ。構ってほしさに、わざと駄目なフリをすることはあるけど、本当に駄目な時は、逆に隠そうとする性格なの。ポーズを演じられるうちは、まだ大丈夫よ」
「ふぅん」
姉弟には、姉弟にしか分からないことがあるものであるということを、ガッタは、まだ理解できそうに無かったので、気のない返事をするに留まった。




