039
小麦色のスポンジケーキを八等分に切り分け、断面を下にして平皿に置く。
そこに、ビンに入った蜂蜜を木製のハニーディッパーで掬い上げ、ケーキの上にトロリと垂らす。
ルナールのその仕草を、ガッタは齧り付くように見ていた。
「スポンジケーキはね。材料や温度のちょっとした違いで、たまに膨らまない日もあるの」
「きょうは、せいこう?」
「成功も成功、大成功よ」
「やったぁ!」
「はい、召し上がれ」
「いただきま~す!」
ルナールがガッタの前に皿を置き、ガッタがケーキにフォークを突き刺そうとした、その時である。
「おっ。どうりで甘い匂いがすると思った」
都合よくシュヴァルベが帰ってきた。ガッタに、そのまま食べてて良いと伝えてから、ルナールはシュヴァルベの腕を引き、階段下の辺りまで移動してから、囁くような小声で言う。彼女の背後では、尻尾が苛立たし気に逆立っている。
「ずいぶん早かったじゃない。仕事は?」
「昼前には終わってたんだ。他にすることも無いから、解散してきた」
「あら、そう。お気楽な職場ね」
「フレキシブルとか、フレンドリーとか言ってくれよ。忙しいときは、サンの日も休めないのも知ってるだろう?」
「そうね。でも、事前に分からないものなの? こっちにだって、段取りや都合ってものがあるのよ」
「悪いとは思ってるさ。でも、他に仕事を選べる身分でもねぇんだ。我慢してくれよ。なぁ、頼む!」
眉をハの字に下げながら、シュヴァルベは両手を顔の前で合わせて拝む。ルナールは、片手を肘と手首で曲げて腰に当てると、尻尾を垂れ、諦めたように深い溜め息を吐いてから言った。
「……まぁ、いいわ」
「サンキュー。ところで、ガッタがトマトかパイナップルみたいな髪形してるけど、――アウッ!」
ダイニングに戻りつつ、話を変えたシュヴァルベに対し、ルナールは後ろを歩く途中で、シュヴァルベの二又に分かれた尻尾を思いっきり足で踏みつけた。
言葉では許していても、感情が収まっていないこともあるということを、シュヴァルベは知っておく必要がありそうである。




