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ふたりで暮らせるかな  作者: 若松ユウ
Ⅲ アクアマリンの月
34/181

034

 春眠暁を覚えずという言葉は、ガッタには通用しないらしい。

 まだ空が紫立っているときに、ガッタは珍しくパッチリと目が覚めた。

 

「まだ、あさじゃないんだ。……うん?」


 カーテンを開けたガッタは、窓の外をシャーッと黒い影が通り過ぎ、そのまま風見鶏の方角へ飛んで行くのが目に入りました。

 

「また、スバルがきたのかな? でも、スバルは、あんなにおおきかったっけ? うーん」


 ガッタの頭の中では、不思議の正体を突き止めたい衝動と、太陽が完全に顔を出す前にニースを起こしてはいけないだろうかという疑問が(せめ)ぎ合っていた。

 だが、未知への好奇心を抑えることは出来ず、ガッタは着替えを済ませる手間も惜しみ、パジャマ姿で屋敷の外へと飛び出した。


「さて。まずは、ここから……」

『おじさん! そんなたかいところで、なにしてるの~!』

「おやおや? あんな小さな子が、どうしてここに」


 屋根の上にいた真っ黒な人影は、ガッタの大声を耳にすると、両腕の翼を広げ、ガッタが立っている近くまで滑空して着地した。

 人影は、シャツやズボンの上からも分かるほど筋肉質な男性で、真っ黒なハットとネクタイを着用し、金ボタンのついた上着とワイヤーブラシを肩に掛けるように持っている。属性がクロー属ということもあり、髪も瞳も、羽根までもが、全身真っ黒である。

 

「どうしたんだい、お嬢さん。お家の人は?」

「ニースなら、まだねてるとおもう」

「君は、ニース様のお子さんなのかい?」

「おこさん?」

「ニース様が、君のパパかどうかを聞いてるんだよ」

「えっと。パパじゃないけど……」

「敷地内に迷い込んできたので、保護者が見つかるまで預かっているんだ」


 ガッタがうまく説明できずに頭を抱えていると、そばにニースがやってきて、黒ずくめの男性に説明した。

 黒ずくめの男性は、ニースの説明に納得すると、好々爺然とした微笑みを浮かべながら、手袋を外してガッタの頭を撫でながら言った。


「良い人に拾われたね。ニース様なら、きっと最後まで責任を持ってくれるよ」

「ふふっ。くすぐったい」


 ニースは、むず痒そうな仕草をしているガッタに、ひとつ質問をした。


「ところで、ガッタ。彼の金ボタンには、触らせてもらったかい?」

「ううん、まだ。――さわっていい?」

「あぁ、いいとも」


 ガッタは、黒ずくめの男性が持っている上着のキラキラと朝日に輝く金ボタンに触ると、疑問を投げかけた。


「そっちのフサフサは、なぁに?」

「これは、ワイヤーブラシだよ。煤を綺麗にするのに使うんだ」

「すす」

「ガッタ。この人は、暖炉や竈に火を入れる前に煙突を掃除してくれる業者なんだ。煙突掃除は、煤が煙突に詰まり、火災やガス中毒が発生するのを防いでくれる、大事な仕事だよ」

「へぇ~。おじさん、すごいひとなんだ」


 ガッタが尊敬のまなざしを向けると、黒ずくめの男性は照れ臭そうに後頭部を搔き、ニースとガッタに一言ずつ挨拶した。


「真っ黒に汚れるけど、元から真っ黒だから気にならないし、なにより、遣り甲斐がある仕事だから。――それでは、仕事を始めますので、失礼します。またね、お嬢さん」


 黒ずくめの男性は翼を広げると、助走をつけて跳び上がり、そのまま風見鶏の塔を迂回するような軌道で弧を描いて上昇し、屋敷の屋根の上へと降り立った。

 ガッタは口を半開きにしながら、彼を憧れ交じりの表情で見つめていた。ニースは、小さく咳払いして自分に注目させると、部屋に戻って着替えるように指示した。

 ニースに指摘されたガッタは、そこで初めて自分がパジャマ姿のままであることに気付き、あわあわと言葉にならない声を出した後、慌てふためきながら、逃げるように屋敷へ戻って行った。

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