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ブレックファーストの後、薔薇の世話を終えたニースが、風見鶏が見える範囲でなら遊んで良いとガッタに告げた頃のこと。
「こうしてると、寄宿学校時代を思い出すなぁ」
「口じゃなくて手を動かしてちょうだい、シュヴァルベ。懐かしんでも、在りし頃の善き日々は戻ってこないわよ」
キッチンでは、ルナールとシュヴァルベ青年がそれぞれ丸椅子に座り、作業台の真ん中に置かれたバスケットいっぱいに摘まれたエンドウを一つ一つ手に取っては、莢を剥いては豆を膝上のボウルに、殻はバスケットの両横に敷いた新聞紙の上にと分別し、スープの下準備に励んでいる。
手際よくパチパチと豆をボウルに入れては殻を紙の上に捨てていくルナールとは対照的に、シュヴァルベはボロボロと豆を床に落としかけたり、莢が開けずにイライラと爪を立てたりしている。
「追憶する気は無いさ。どっちかっていうと、窮屈な場所だったという嫌な記憶しかないもの。朝のお祈りをサボった罰として、莢を剥いたレンズ豆を良い豆と悪い豆を選り分けさせられたり、宿題を忘れただけで廊下に立たされたり、本を傷めて蔵書整理を手伝わされたり、散々だったぜ。銅像にボールをぶつけてストレス発散してたら、モデルの理事長にトイレ掃除を言い渡されたこともある」
「ヤンチャ坊主だったものね。今も変わってないようだけど」
「やかましい。あ~、もうダメ。集中力の限界だ」
シュヴァルベは、ボウルを作業台の上に置くと、両手を頭の後ろで組んでウーンと背筋を伸ばし、そのまま腕を下ろして立ち上がった。
まだ始めたばかりだというのに、飽き性なんだから。ルナールが内心で呆れていると、ペタペタと靴音を立てながら、ガッタがキッチンへやってきた。
「ルナール、みぃつけた! あっ、くいしんぼうさんもいる」
「フフッ……」
「俺の名前はシュヴァルベだ、嬢ちゃん」
「ジョーちゃんじゃない。ガッタちゃん!」
「ガッタな」
ルナールが前屈みになって笑いを堪えている横で、シュバルベは目線を合わせるようにしゃがみ込み、ガッタに自分の名前を言わせようとする。
「シュヴァルベお兄さんって言ってごらん」
「しばるべ?」
「シュヴァルベだよ」
「すまるね?」
「シュヴァルベだって。シュ、ヴァ、ルー、ベー」
「いいにくいから、スバルってよぶ」
「意味変わってねぇか、それ? ――おい、姉ちゃん。いつまでも笑ってねぇで助けてくれよ」
このあと、すべてのエンドウの莢を剥き終えるまで三人は会話を続けたが、ガッタは一度もシュヴァルベの名を正しく復唱できず、最後には渋々ながらスバル呼びを認めたのであった。




