002
発見した少女は目を閉じて寝息をたてており、ひどく身体が冷えていた。
他人との接触を避けたいニースも、さすがにこの緊急事態を無視できなかったので、人道的見地に立ち、少女をトレンチコートで包むやいなや、小脇に抱えて屋敷の中へ急行し、応接間のソファーに寝かせた。
そして、暖炉に火を入れて室内を温めたり、毛布を用意してコートと交換したりしたのち、ニースは眠っている少女を改めて見直しはじめた。
「漆のように黒い短髪に、穏やかな丸顔。耳も丸いから、ヒト属だろう。子供の割に、大柄で骨太な体格をしているな。……まったく。なんだって、あんな場所に居たのやら」
華奢な身体をしていたら、凍死していたかもしれない。そんなことをニースが頭に浮かべていると、少女がパチパチと瞬きをした。それから、情熱を秘めたような真っ赤な瞳でニースを見据えると、周囲をキョロキョロと見渡しながらおもむろに上体を起こし、間の抜けた声で言った。
「おにいさん、だれ?」
「僕の名は、ニースだ。庭の井戸のそばで眠りこけていたのを、ここまで運んできたところだ」
「ふ~ん」
ガッタは、ニースの顔を興味深そうに見つつ、気のない返事をした。ニースは、自分の耳をジロジロと不躾に見られていることに気付きながらも、気にしないフリをして質問をした。
「それで、君の名は?」
「ガッタちゃん」
「ガッタか」
「ちがう。ガッタちゃん!」
「ちゃんは、敬称だ。名前ではない」
ニースの発言を理解できない様子で、ガッタと名乗った少女は首を傾げた。その時、彼女の下腹部からぐ~と空腹を告げる音が鳴った。
「おなかぺこぺこ」
「やれやれ。困った子だな。キッチンで適当に食べられそうな物を探してくるから、ここで大人しく待っていなさい。くれぐれも、他の部屋へ移動したり、暖炉には近付いたりしないように。いいね?」
「わかった。なるべくはやくしてね」
「はいはい」
まったく、なんで子供の世話をしなきゃいけないんだ。やるせない不満を心の内に収めつつ、ニースは応接間を離れ、コートを着て廊下をキッチンへと駆けて行った。
その間、ガッタは応接間に置かれている調度や飾られている美術品等が気になりつつも、再び襲って来た睡魔に勝てず、肘掛けを枕にして眠りはじめた。