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語るなと、人に語ればその人は、また語るなと語る世の中。とかく、人の口には戸が立てられぬものである。
ルナール特製のパンプキンパイで、三時のアフタヌーンティーを楽しんだあとのこと。話題が二転三転するガールズトークにニースが辟易していることを察したサーヴァは、ニースを連れ、外の空気を吸ってくるといって、お茶会の輪を外れてバルコニーへと移動した。
「やれやれ。論理性も生産性もあったものではないね」
「我々は人格形成の大事な時期に、沈黙は金、雄弁は銀という教えを叩きこまれましたからねぇ。――おや、レンズさん。どうしました?」
サーヴァがグレンツェの存在に気付いて声を掛けると、ニースは手すりにもたれていた上半身を起こし、振り返った。グレンツェは、ニースの顔色を観察しながら答えた。
「お身体の具合が悪いのかと思いまして、様子を見に来ました」
「そうでしたか。坊っちゃんなら、心配ないですよ。昨夜の汽車で、よく眠れなかっただけですから」
「でしたら、お部屋でお休みになったほうが……」
「あぁ、いや。そこまで悪くないから、安心してくれ。しばらくしたら戻るよ」
「そうですか。ご無理なさらないでくださいね」
「どうもありがとう」
サーヴァもついていることでもあるし、あとは二人に任せても問題無いだろう。グレンツェは、そう判断し、二人に軽く会釈してからダイニングへと戻った。
雲一つない秋晴れの空に、汽車の煙が細く筋となって立ち昇っている。その線路の向こうでは、畜舎へ戻る牛が列や、冬に向かって毛を蓄えている白い羊たちが、黒い牧羊犬に追われているのが見える。その一方で、線路の手前には煉瓦造りの建物が並び、別荘の周囲一帯まで石畳の街道が整備されている。街道には馬車が走り、様々な属性の人々が往来している。
ニースは、バルコニーから見える風景を眺めながら、昔と今を合成したような情景だと感じた。
「さて。そろそろダイニングへ戻りましょうか、坊っちゃん」
「そう、急かさないでくれよ、サーヴァ。せっかく、お喋りの輪から抜けられたというのに」
「それは、そうなのですがねぇ。よろしいのですか、坊っちゃん。あちらには、ミオお嬢さんが居られますよ?」
「何か言いたいんだ、サーヴァ?」
「殿方が居ない場で、貴婦人たちがなさるお喋りといえば、自ずと限られます。特に今なら、そういうお話に花が咲いていることでしょう」
「ぼやかさないで、教えてくれ。懸念材料は、何なんだ?」
「坊っちゃんの幼き頃、若き日々を知る人物が居て、本人は不在ときているのです。きっと、ガッタさんは、想い出エピソードを聞きたがりますよ。しばし胸に手を当て、過去の言動を振り返ってみては、いかがでしょう?」
「……心当たりしかないな。よし、急ごう」
このあと、ニースとサーヴァがダイニングへ戻ったとき、案の定、ミオは、ガッタたちにニースの幼少期の失敗談を脚色を加えて吹聴しているところであった。




