018
そろそろニース様は、頭痛が出たところだろうか。ランチは、あまり刺激の強い料理をお出ししない方が良いかしら。
そんなことを考えながら、ルナールは出窓の下枠に肘を乗せて頬杖を突き、怪しい雲行きを観察していた。
そこへ、外したリボンを手にしたガッタが、半泣きになって戻ってきた。
ルナールは、この半時間も経たないあいだに何があったのかと心配しつつ、正面からガッタを抱きしめた。そして、背中をさすったり目元に溜まった涙を拭いたりして、なんとかガッタの昂ぶる気持ちを落ち着かせると、事の次第を聴き出すことにした。
「どうしてリボンを外しちゃったの、ガッタちゃん?」
「ニースにね。かわいくないのね。にあってないのね」
支離滅裂なワードから、ルナールは直感的に、素直に「可愛いよ」とか「似合ってるよ」なんて口に出来ないニースのシャイで煮え切らない反応を、ガッタがマイナスの意味で誤解してしまったんだと勘付いた。
「センスの良さを、ニース様に褒めてもらえなかったのね?」
「そうなの。ニースね。ムッとした顔してたの」
やはり、頭痛が酷くなってたか。予想が当たったことで、ルナールには、半時間前にガッタとニースのやり取りがすれ違っていく光景が、ありありと想像出来てきた。
あとは、ここでガッタちゃんの誤解を解いて、ランチの席でニース様の口から持病について説明する機会を設ければ、円満解決するだろう。ルナールは、そう心積もりしつつ、落ち込んでしまったガッタを励まし始める。
「あのね、ガッタちゃん。私の勘が正しければ、ニース様は、リボンをしたガッタちゃんのことを、心の中では好いているはずだと思うの」
「えっ、どうして?」
「ニース様は、ああ見えて結構な照れ屋さんなのよ。だから、あまりにもガッタちゃんが可愛すぎて、素直に気持ちを伝えるのが恥ずかしくなっちゃっただけなのよ」
「ほんとう? ニース、おこってるみたいだったよ?」
「それは、ガッタちゃんの思い違いよ。ニース様は、どんな顔をして良いか分からなくなると急に無表情になるし、なんて声を掛けて良いのか分からなくなると急に無口になる性格なの」
「そうなんだ。な~んだ」
今泣いた子供が、もう笑う。ガッタはルナールの言葉に元気づけられ、元の笑顔と自信を取り戻した。ルナールは、その眩そうな表情を見て安堵し、ガッタの手からリボンをスルッと抜き取ると、襟元に結び直しはじめる。
「ごめんなさいね、ガッタちゃん。先に教えてあげてたら良かったわね」
「ううん。わかったから、もういい」
ガッタが言い終わったとき、その腹からキュ~ッという虫の音が聞こえた。
「あらあら。安心したら、おなか空いちゃったのね」
「そうみたい。ランチは、なぁに?」
「牡蠣と蓮根のクリーム煮よ。そろそろお野菜に熱が通って、食べ頃になった頃かしらね」
「わぁい、おいしそう。はやくランチにしようよ」
メニューが頭に浮かんだガッタは、ルナールの手を引き、ふたりは早足でキッチンへと向かった。




