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識字率が分かれば、その地に初等教育がどれだけ普及しているかという判断基準になりうる。そして、幼少時に読み書きが出来たか出来なかったかで、その後の人生における暮らし向きも、大きく変わるものである。
「ガッタさんは、この文字は読めますか?」
そう言いながら、サーヴァが紙の上にペンを走らせ、この世界で広く使われている初歩的な表音文字を書き並べた。すると、ガッタはすぐにピンときた様子で答えた。
「よめるよ。えほんにかいてるじだよね?」
「そう、その通りです。では、単語を書くことは出来るでしょうか。ためしに、名前を書いてみてください」
「はーい」
サーヴァがペン立てから鉛筆を取って渡すと、ガッタは一文字ずつ考えながら、ゆっくり書き始めた。
「あれ? なんか、へんだなぁ」
「あぁ、惜しいですね。アは、ここに線が必要です」
書き終えたあと、ガッタが文字の形に違和感を覚えていると、サーヴァは二ヶ所にペンで線を付け足し、ゴットになってしまっているのをガッタに訂正した。
「あっ、そうだった。ねぇねぇ、ニースは、どうやってかくの?」
「坊っちゃんの綴りは、いささか特殊ですよ」
そう言いつつ、サーヴァはガッタと書かれたすぐ下に、ニースティ・ガニュメデスと書き添えた。
「おー。ニース、かっこいいね。じゃあ、ルナールは?」
「ルナールは、たしかイが一つ多い綴りでしたね」
このあと、ルナールの他にもカリーネ、オンサ、シュヴァルベなど、ガッタが知っている限りに身近な人物の名前を挙げ、サーヴァは、その綴りを教えていった。
あらかたの名前が出揃うと、ガッタは紙を表彰状か何かのように両手で持ち上げ、満足げに頷いた。
「いいね。これがあれば、みんなのおなまえが、すぐかける」
「では、こちらは大切に保管しておくことにいたしましょう。読み書きに関するガッタさんのレベルは概ね把握出来ましたので、そろそろ本題に移りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ほんだい?」
「はい。たしか、レンズさんにお手紙を出したいという話だったと思うのですが?」
「あっ、そうだった! ペリカンのおにいさんがくるまえに、おてがみかかなくちゃ。まず、なにをかけばいいの?」
「あわてない、あわてない。ひとまず、レンズさんに何を伝えたいかをまとめることから始めましょう」
サーヴァは、ガッタの手から名前が列記された紙を取り上げると、それを机の端へ置いてペーパーウェイトを載せ、続いて新しい紙を机の真ん中に置いてペンを構えた。
このあと、ガッタはサーヴァの助けを借りながら文面を考え、ルナールがランチが出来たと報せに来た頃には、グレンツェへの手紙の清書を終えたのであった。




