015
ガッタが最初に発見されてから、一ヶ月近くが経った。
その間、駐在からは音沙汰なく、またガッタの保護者を名乗る人物も現れなかった。
「追肥もした、苗も育ってる。ひとまず、これで良いだろう」
温室で水やりを終えたニースは、じょうろと軍手を作業台の上に置き、トレンチコートを羽織り、結露しているガラス戸を開けて外へ出た。
すると、そこにニースを待ち構えていた人物がいた。
「ゆうびんで~す。サインおねがいします!」
「いつから郵便屋になったんだい、ガッタ?」
ニースはガッタの手からポストカードを受け取りつつ、ガッタが被っているペリカンのマークが刺繍された帽子に注目する。
と、そこへペリカン属のしゃくれ顎の青年が駆け寄り、ガッタの頭から帽子を取り上げる。青年は、帽子と同じマークの刺繍が施された郵便鞄を、肩から斜めに掛けている。
「やれやれ、やっと見つけた。悪戯しないでくれよ、お嬢ちゃん」
「いいじゃない、ちょっとくらい。――おにいさんより、にあってたでしょう?」
「そういう問題ではない。仕事の邪魔してはいけない」
同意を求めるガッタに対し、ニースは軽く窘めると、青年から伝票を受け取ってサインした。青年は、ニースから伝票を受け取ってサインを確かめると、挨拶もそこそこに両腕の翼を広げ、助走を付けて急いで飛び去って行った。
ガッタは青年を追いかけようとしたが、とても追いつきそうにないと分かると、残念そうに見送りながら不満げに頬を膨らませた。
「むぅ。にげあしのはやいとりさんだ」
「足止めするんじゃない。彼等だって忙しいのだから」
「おとなって、みんないそがしいのね」
訳知り顔でガッタが言うと、ニースはフッと口の端で笑ってから話題を替えた。
「今朝は、キッチンに行かなかったのかい?」
「ううん、いってきた。おてつだいすることないから、こっちにきたの」
「そう。ルナールは、何を作ってたんだい?」
「きょうはひらめにおびえるのよって、ルナールがいってた。どういういみか、わかる?」
それは、ムニエルの間違いだろう。ニースは、あえて訂正せずにスルーすると、旧市街の煉瓦の街並みが描かれたポストカードをコートのポケットにしまい、ガッタと共にダイニングへと移動した。




