139
夏の長い日も暮はじめ、西側にある窓からオレンジの斜光が差し込むようになったころのこと。ミオの発案で、ガッタとカリーネはグレンツェとともにキッチンに立ち、ディナーの準備を整えていた。
「いつもは、全部ひとりで作ってるのかい?」
「はい、そうです。毎回、奥様のリクエストに合う料理のレシピカードを探して、それを見ながら、かかる時間や必要な材料を逆算して作っています。今日は指定が無いので、どれを選んだものかが悩みどころです」
「かわいいカードね。どれも、おいしそう!」
小さな蓋の無い木箱に縦に並べて置かれたハガキ大のカードをパタパタと左右に動かしながら、ガッタは、そこに描かれたカラフルな完成イラストを見てはしゃいでいる。
「ねぇねぇ、レンズ。きょうは、どれをつくるの?」
「そうですねぇ。今日は不漁だったようで、新鮮な魚が入ってきてませんので、夏野菜が主役になった料理がよろしいかと」
「ここ、なんてかいてあるの?」
「塩茹でしたアーティチョークのがくをナイフで外し、芯にあるワタを取り除きます」
「ほぉ~。アーティチョークは、なつやさい?」
「えぇ、夏野菜です。他に、材料に書かれているトマトやタマネギ、パセリもありますけど、このパスタを作りますか?」
「うん。だって、カラフルで、おいしそうだもん」
身を寄せ合ってカードを選んでいる幼い二人を、カリーネは微笑ましく見守りつつ、パスタや野菜を茹でるのに使う鍋を探し始めた。
これと同じ頃、先にミオと一緒にオンサがバスルームへ行ってしまったため、話し相手が居なくなったシュヴァルベは、ベッドから起きてソファーで休んでいるニースに声を掛けていた。
「もし君が一緒に入ると言ったなら、ミオは遠慮したと思うよ」
「いや、それは無いな。いくら未来の花嫁でも、まだ他人だもの。昨夜、冗談半分で背中を流してやろうかって言ったら、オンサに『あたしの裸を拝みに来たら、有無を言わさず息の根を止めてやる』って脅されてさ。命が惜しいから、なくなく諦めたんだ」
「……そうか」
そんな乱暴な女性の、どこに惹かれたのやら。ニースは、シュヴァルベの恋愛観に共感できないでいたが、少なくともシュヴァルベがオンサに惚れ込んでいるという点だけは疑いなく確からしいと判断した。
「あっ、そうそう。明日は、俺が子供たちの面倒を看ることになったから。ゆっくり休んでていいぞ」
「君ひとりでかい?」
「いいや、オンサもいる」
「それなら、まぁ、いいだろう」
「露骨に安堵されると、俺としては悲しくなってくるぜ」
シュヴァルベだけにガッタは任せられないが、オンサも同行するなら問題無いだろう。それに、子供たちということは、グレンツェも一緒のはずだ。そう考えたニースは、もう一日安静にし、速やかに体調を戻そうと決意したのであった。




