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タルトが焼き上がったあと、ガッタたち四人とカリーネ、そしてミオの合計六人は、ダイニングに集まっていた。席順は昨夜のディナーとほぼ同じだが、ベッドで横になっているニースの席には、グレンツェが座っている。タルトと紅茶を配り終えたあと、グレンツェはキッチンへ戻ろうとしたのだが、ガッタが引き止め、ミオが隣へ座るように命じたからである。
「タルトは美味しいかい、ガッタちゃん?」
「おいしい。おくちのなかで、サクッ、ジュワッとなるのがいいね!」
カリーネの問い掛けにガッタが素直な感想を述べると、ミオは借りてきた猫のようになっているグレンツェに話し掛けた。
「グレンツェ。あなたも何か感想を言いなさい」
「はい、奥様。プラムとチェリーの酸味と、その下のクリームの甘味が絶妙なバランスで配されていて、それを包み込むパイの食感も軽やかで歯触りも良く、たいへん美味しゅうございます」
グレンツェが言葉を選んで感想を口にすると、早々とタルトを平らげたシュヴァルベが、ティーカップにラテを注ぎつつ、オンサのほうをチラチラと窺いながら言った。
「辻馬車や汽車の駅で出してるグルメ本の評論みたいだな」
「良いじゃないか。うまいに越したことはない」
「社交辞令って言葉を知ってるか?」
「まだ食べたこと無いな。言葉の響きからすると、魚のハラワタくらい苦そうだ」
オンサが魚の例えを出したことで、カリーネは、今いるサマーハウスが海沿いに建っていることを思い出した。
「ここから浜辺までは、すぐに行けるのかしら。海で遊びたいわよね、ガッタちゃん?」
「あそびたい! ねぇ、ミオ。ここから、うみへいけるの?」
「それほど離れていないけど、今から行くと道中が暑いし、帰りも遅くなるから、明日の朝にしたほうが良いわ」
ガッタの質問に答えたあと、ミオはフォークを置き、グレンツェのほうを向いて言った。
「そういうことだから、また明日も小さなレディーの面倒を看てあげるように」
「はい、奥様。えっ、明日もですか?」
「そうよ。だって、少しは子供らしさを取り戻すかと思っていたのに、今朝と全然変わらないじゃない。嫌とは言わせないわよ?」
「承知いたしました。――あっ」
グレンツェがミオと話している隙に、シュヴァルベはグレンツェの皿と自分の皿を取り換え、三分の一ほど残っていたタルトを平らげていた。
それに気づいたグレンツェがシュヴァルベに問い掛けようとすると、シュヴァルベはグレンツェの唇の上に人差し指を置いて口を塞ぎ、首を横に振ってから言った。
「言いたいことは分かるから、皆まで言うな。代わりに、明日は俺が子供らしさを教えてやる」
「待った。あんた一人に任せるとロクでもないことを吹き込むだろうから、あたしも一緒に行く」
「それじゃあ、明日は二人にお任せしようかしら。ニース様ほどじゃないけど、私も帰りの馬車に揺られて、今ちょいと悪酔いしかけてるのよ。――良かったわね、ガッタちゃん」
「わーい! あしたは、オンサとスバルがいっしょなのね」
会話が二周するあいだに明日の予定が決まった。ガッタは、いよいよ海で遊べるとあってか、期待に胸躍らせる様子が、表情の輝きとして表れている。




