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「サーヴァ、おまたせ。さんじになったら、パイができるよ!」
「ほぉ、そうですか。それは、楽しみですね。では、焼き上がる前に、お勉強を済ませましょう」
二時を回った頃合いの、長閑な昼下がり。カリーネとパイ作りを手伝っていたガッタは、あとはスチームオーブンで焼くだけになった段階でキッチンを離れ、サーヴァが待つ休憩室へとやって来た。
サーヴァは、ガッタにソファーに座らせ、ローテーブルの上にガラス製の水差しと二つのグラスを載せた銀盆を置き、その一つに水を入れてコースターに載せ、ガッタの前へとスライドさせた。
「喉が渇いたら、お好きにどうぞ」
「ありがとう。サーヴァ、やさしいね」
「ホホッ。それでは、はじめは、おさらいから参りましょう」
そう言うと、サーヴァはベストから懐中時計を取り出し、秒針がゼロに来たところで竜頭を引いて時間を止めた。それから、竜頭を回して針を動かし、長針が十二を指したところで針を止め、文字盤をガッタに見せながら問い掛けた。
「最初の問題は、時計の読み方です。この時計は、何時ですか?」
「はちじ!」
「その通り。では、ここから三周して、短針がココへ来ると何時ですか?」
「じゅういちじ!」
「お見事。定時は読めるようですので、少し半端な時間にいたしましょう。これは、何時何分か、わかりますか?」
サーヴァは更に竜頭を回し、長針が六を指したところで針を止めた。文字盤を見たガッタは、ハテナと首を傾げながら答えた。
「じゅういちじ、はんぶんはんぶんすぎ」
「あぁ、惜しいですね。考え方は合っていますから、ヒントを出しましょう。短い針は、一、二、三と大きな数字で一時間ずつ進みますが、長い針は、大きな数字と数字のあいだにある小さな目盛りで一分、二分、三分、四分、五分と数えて行きます」
「ちょっと、とけいかして。えーっと。いーち、にー、さーん……」
ガッタは、サーヴァの手から懐中時計を受け取ると、文字盤の外周にある梯子上の目盛りを一つずつ数え、答えを導き出した。
「じゅーさん、じゅーよん、じゅーご! だから、じゅういちじ、じゅうごふん!」
「はい、正解です。一から数えて行くのも結構ですが、もっと早く数えることが出来るのです」
「えっ? どうやるの?」
「ポイントは、規則性を見つけることです。大きな目盛りは、小さな目盛り五つ分だと分かれば、一つ一つ数えずとも、五つ置きに飛ばして数えられます。五、十、十五、二十といった具合です」
「あっ、すごい! サーヴァ、もっとさきにいってよ」
「これは失礼。いささか、意地の悪いことをしたかもしれませんね」
このあと三十分ほど、サーヴァは竜頭を回しては、ガッタに時間を尋ねるといったことを繰り返した。そのうち、ガッタはアナログ時計の文字盤の読み方を覚え、何時何分であっても素早く答えることが出来るようになった。
「ねぇねぇ、つぎのもんだいは? ――あっ!」
「おやおや。三時になってしまいましたね。パイが冷めないうちに、下へ降りましょう」
開けっぱなしにしておいたドアの向こうから、カーン、カーン、カーンと三回、振り子時計が定時を知らせる音が聞こえた。サーヴァは、懐中時計を三時に合わせて竜頭を押し、再び時間が動き出したのを確かめてから、そっとポケットに戻し、ガッタの手を引いて廊下へ向かった。




