013
「お紅茶です」
「あぁ、ありがとう」
ルナールは、書斎の机の上にソーサーを置き、その上に紅茶の入ったカップを置いて銀盆を胸に抱えた。その間も、ニースは手紙や書類に目を通し、必要に応じてペンでサインをしたりメモを取ったりしている。
「結局、ガッタちゃんは引き続き、ここでお預かりすることにしたのですね」
「仕方あるまい。保護者が見つからないのだから」
「そうですね。でも、不思議な子ですわ。どこからやって来たのかしら」
「駐在では、井戸から湧いて出たんじゃないかと言われたよ」
「あらあら。水の精じゃあるまいし」
口元を片手で押さえつつ、ルナールが愉快そうに笑うと、ニースは書類に走らせていたペンを止め、紅茶を一口飲み、しばし考えてからルナールに訊く。
「明日は何の日だ?」
「明日ですか? 明日はサンの日で、お休みですよ」
「そうか。ガッタは、曜日を理解してるだろうか?」
再び書類にペンを走らせて曜日を書いたあと、ニースはペンを戻してペーパーナイフに持ち換え、封蝋の捺された手紙を開け始める。
ルナールは、封筒に書かれた送り主の名が気になりつつも、ニースの質問に答える。
「さぁ。おそらく、お分かりにならないんじゃないかと」
「やはり、そう思うか。あとで、カレンダーを覚えさせないといけないな。課題が多い」
「そうですね。私から教えましょうか?」
「いや、結構だ。この事務処理が終わったら僕からレッスンするから、君は、ぬいぐるみ作りの続きに取り掛かってくれ。二夜も三夜も隣で一緒に寝られては、睡眠不足になる」
「あら、そうですか? 今朝は、スッキリしたお顔をしてらしたように見受けられましたけど」
ルナールが矛盾点を指摘すると、ニースは手紙を読む手を止め、ルナールの方へ鋭い視線を向けながら言う。
「僕は、ガッタの父親でも保護者でも無い他人なんだ。そこのところを留意するように。――これを持って下がりなさい」
ニースは、程よく冷めた紅茶を一気に飲み干すと、そのカップをソーサーに乗せ、ソーサーの端をルナールの方へと押す。
「心得ておきます。では、失礼いたします」
ルナールは、空になったカップをソーサーを銀盆の上に乗せると、恭しく会釈をして部屋をあとにした。
廊下に出たルナールは、そっとドアを閉めると、堪え切れない様子でクスクスと笑いながらキッチンへと向かった。




