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主寝室の窓から、ひと筋の夏の朝日が射し込む。
ベッドで眠っていたニースは、おもむろに身体を起こし、長い耳に垂れかかる髪を掻き上げつつ、緩く編んだ三つ編みの結び目を解く。
すると、そこへ控えめなノックとともに、サーヴァがやってきた。
「おはようございます、坊っちゃん。今朝のお目覚めは、いかがですか?」
「おはよう、サーヴァ。悪くない朝だよ」
ニースたちが献花から戻ってきて、ひと月あまりが経っている。それなのに、どうしてサーヴァが当然のようにガニュメデス邸にいるのか。
別段、深いわけでもない。何かある度に往復させるのも忍びなく、また、屋敷に居てもらうと何かと便利であるから、執事として雇い直すことにしたのである。ちなみに、サーヴァが休憩に使っている部屋は、この主寝室のすぐ隣である。起こってほしくは無いが、もし、ニースが就寝中に何らかの異変があった場合、真っ先に駆け付けられる距離でもある。
「今朝は、写真館から封筒が届いております。こちらです」
「ありがとう。そこのナイフを取ってくれ」
「はい、どうぞ」
サーヴァはチェストからペーパーナイフを取り出し、それを両手で差し出した。ニースは、それを受け取って封筒の口を切ると、逆さにして中身を取り出した。
包んである薄い紙を開くと、中には二葉のモノクロ写真が入っていた。
「細かいところまで、綺麗に写っている。君も見てごらん」
「ほぉ。近頃のカメラは、よく撮れるものですね。ハンサムでございますよ」
「そこはいいから、ガッタを見てくれ。元々は、のちのちガッタに送るつもりで撮ったものなんだ」
「そうでしたか」
「こういう展開になるとは、予想していなかったからね。そこのフォトフレームを取ってくれ」
「こちらですか?」
「そう、それだ。どうも」
サーヴァは、マントルピースの上に伏せて置いてあったフォトフレームをニースに手渡した。受け取ったニースは、裏面の留め金を慎重に外し、ペーパーナイフの刃先を差し込んで蓋の端を持ち上げ、出来た隙間に指を引っ掛けて蓋を開けた。
そして、元々入っていた写真と届いたばかりの写真を入れ替え、再び留め金を嵌めてから表へ向けた。
「これは、あとでガッタに見せることにして、こちらは、どうしたものだろう」
「別のフレームをご用意しましょうか? 奥様がお買い求めになったまま、使われていない品がございます」
「そうか。それでは、適当なものに入れておいてくれ」
「承知いたしました」
サーヴァは、ニースの手から古い写真を受け取ると、一度、表を向けて何が写っているか確かめ、遠き日を懐かしむような目をしてから、ベストの胸ポケットへと入れた。
伏せたフレームに入っていたのは、若かりし頃のニーズと、山猫のような耳と尻尾を持ったリンクス属の女性、マオが、カメラに向かって希望に満ちた笑顔を浮かべているという、貴重な一枚である。ニースは陽に当てないようにしていたが、すっかりセピアに褪せていて、時間の経過を容易に窺い知ることが出来る。




