012
ニースが麓へ向かった頃、洗い物や掃除を終えたルナールは、アンダーリムの老眼鏡を掛け、使用人部屋で縫い物をしていた。長らく物置の衣装ケースで眠っていた洋服を、ガッタのサイズに合わせて仕立て直しているのである。
ルナールの背後には腰高の出窓があり、テーブルに向かって雪明りが射し込んでいる。
マホガニーのテーブルの上には、ピンで留めた生地や裁ち鋏、色も形も様々なボタンや、素材も模様も違うリボンなどが置いてある。また、それらとは別に、パンパンに膨らんだ紙袋がイスの上に置かれている。
ルナールがチクチクと慣れた手つきで針を運び、ちょうど縫い終わったタイミングで、部屋のドアをトントントンと勢いよくノックする音がして、続けてドアの向こうから元気な声が聞こえてきた。
『ルナール! あーけーて!』
「はいはい」
ルナールは、エプロンに老眼鏡をしまい、縫い針を針山に戻して立ち上がる。そして、膝の上に置いていた生地とブランケットをイスの上に適当に畳んで置き、ドアに向かう。
ドアを開けると、待ってましたとばかりに、ガッタが部屋に飛び込んでくる。ガッタは、テーブルの上に置かれた洋服に興味を持ち、一つ一つ手に取ってみながら、次々とルナールに質問する。
「このあかいのは? へんなボタンがあるね」
「それは、ダッフルコート。うんと寒い日にお出掛けする時、一番上に着るお洋服よ」
「じゃあ、こっちのあおいのは? ツルツルしてる」
「そっちは、レインポンチョ。水を弾く植物で編まれていて、雨が降ってる時に、お洋服の上に羽織るのよ」
「ふ~ん。あっ、これは?」
ガッタは、興味の対象をテーブルからイスに移し、そこに置いてある紙袋を持ち上げる。存外に軽かったからか、ガッタは意外そうに驚いた顔をする。
「なかみは、なぁに?」
ガッタの発言に対し、ルナールは良い質問だとばかりに眉尻を下げ、弾んだ声で答える。
「それは、ぬいぐるみの材料よ。ガッタちゃんが、夜、おやすみする時に寂しくないよう、熊のぬいぐるみを作るように、今朝ニース様にお願いされたの」
「わ~い、ありがとう! でも、なんでくまさんなの?」
「さぁ。はっきりとはおっしゃらなかったんだけど、おそらく、ニースティという単語が、エルフ属の古い言葉で熊を意味するからではないかしら」
「ニース、くまさんなの?」
紙袋をシャカシャカ上下に振ってみたり、両手で抱え上げてみたりしていたガッタは、テーブルの端に紙袋を置き、紙袋が乗っていたイスに座りながら言った。
ルナールは、仕立て直しが終わった洋服を畳んで端に積み上げ、スペースを確保する。そして、空いたところに紙袋の中身を並べてみせる。中には、年季の入った型紙、白いフェルト生地、それから大量の手芸綿が入っていた。
「それくらい、たくましく育って欲しいという願いを込めて名付けられたということよ」
ルナールは、ご両親にお会いしたことは無いから憶測だけど、という一言を続けようとした。だが、その発言はガッタに対してもニースに対しても問題があると咄嗟に判断し、話題を替えた。
「そうだわ。熊のぬいぐるみが出来上がったら、赤い目の黒猫や緑の目の橙狐も作りましょう」
「いいね! ぬいぐるみがいっぱいで、たのしそう」
「決まりね。黒猫の目は、どのボタンがいいかしら」
「えーっとね……」
ルナールがボタンが入った箱をガッタの前に置くと、ガッタは、まるで宝石でも選ぶかのように、鵜の目鷹の目で探し始めた。




