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ニースから話を聞いたマイスターは、ひょこひょこと長い耳を揺らしつつ、積んである種々諸々を崩さないように器用にすり抜けてアトリエの奥へと行き、材料となる組紐を抱えて戻ってきた。
そして、糸が通った針がセットされた足踏みミシンのような機械の前にマイスターが座ると、ガッタは興味津々で赤い瞳を輝かせ、横から質問を連発した。
「これは、なぁに?」
「こいつは、麦の穂を編んだものさ」
「じゃあ、こっちは?」
「このぺらっぺらな細い組紐を、嬢ちゃんの帽子に早変わりさせるマシーンってとこよ。こうやって、へそになる部分を渦巻き状に折ってだな、そのままグルグル縫いながら少しずつ輪を大きくしていきつつ、山にしていくんだ」
「こんなので、ホントにおぼうしになるの?」
「まぁ、見てな。口で説明するより、やってみたほうが早い。あっという間に出来上がるから、瞬きするんじゃねぇぞ」
マイスターは、のの字に折り曲げた組紐の中心に針をセットすると、そのまま足元のペダルを軽快に踏んで機械を動かし始めた。
組紐の中心から螺旋状に縫い留めていくと、みるみるうちに円盤状になり、途中から熟練した絶妙な力加減で曲げ癖をつけていき、針を休めることなくストローハットを成形していった。
平たい細紐が、ものの数分で帽子の形に変貌を遂げたので、ガッタは目を丸くして驚いた。それだけでなく、無言で観察していたニースも、思わず感嘆の息を吐いた。
「すごい、すごい!」
「ハァー。よく出来たものだ」
「あとは、汗止めのテープと飾りのリボンを付ければ完成なんだが、その前に、ちょいとかぶってみな」
ガッタは、マイスターに出来立てのストローハットを渡されると、表から裏から様々な角度で眺めてから、そっと頭の上に載せた。そして、片手で軽くトップクラウンを押さえつつ、ニースのほうを振り向いて訊ねた。
「どう? にあってる?」
「あぁ、似合っているよ。大きさも、申し分ないようだ」
「フフッ。ニース、ちょっとしゃがんで」
褒められて気を良くしたガッタは、ニースへその場に腰を落とすようお願いした。言われた通りにニースが膝を曲げると、ガッタはニースの頭の上にストローハットをかぶせた。ガッタに合わせたサイズなので、ニースがかぶるには、やや小さい。だが、阿弥陀にかぶった姿は、細面長髪の青年風情に、不思議とマッチしている。
「これはこれで、いいんじゃない? ねぇ、マイスターさん」
「なかなかどうして、悪くないね。シュッとしてるから、洒落て見える。いよっ、色男!」
「……そう」
婦女子用のハットが似合っても、成年男性である僕としては喜びにくい。
ニースは、嬉しいでもなく悲しいでもなく、何とも言えない表情のまま、どう反応したものかと頭を悩ませるのであった。




