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「まてまて~」
ブレックファストのあと、ガッタはペンションのエントランス周囲にあるウッドデッキで、迷い込んできた蝶々を追いかけていた。捕まえる気は無いようで、ひらりひらりと舞う翅に手を伸ばしては、パタパタと急いで飛び逃げる蝶々の動きを楽しんでいる。
「ガッタ。出掛けるよ」
「はーい! じゃあね、ちょうちょさん」
ドアの向こうからニースが姿を現すと、ガッタは蝶々に手を振って別れ、ニースのそばへ駆け寄った。これからニースはガッタを連れ、帽子屋に行くのである。ホテルから荷物が届くので、ルナールとカリーネは同行しない。
ペンションから半時間ほど湖畔の小道をテクテク歩くと、山高帽が描かれた看板が目印の工房が見えてきた。門扉の前でしげしげとシックなシルクハットのシルエットに注目しながら、ガッタは疑問を口にした。
「おもってたのと、ちょっとちがう。てじなのおみせ?」
「残念ながら、ステッキやトランプは売っていないし、白いハトも居ない。まぁ、入ってみれば分かる」
「ほぉー。あっ、ひまわり!」
「待ちなさい、ガッタ!」
成人のウエストくらいの高さの門扉の隙間を潜り抜け、ガッタは工房前の庭に咲いている向日葵へと駆け出した。そんなお転婆少女を捕まえるべく、ニースは門扉の縁に手を付き、そのまま高跳び選手のように挟み跳びして追い駆けた。
「だって、きれいにさいてたから」
「だって、ではない。ここは、こちらのマイスターの私有地なのだから、みだりに立ち入ってはいけない場所であってだね……」
「まぁまぁまぁ。嬢ちゃんに悪気があったわけではないのは、よく分かったから」
数分間の追い駆けっこの末、ガッタとニースは、野ウサギのような耳と尻尾を持ち、やや前歯が出ている工房のマイスターに発見され、工作機器やリボンや型紙といった材料が所狭しと積まれた作業スペースいる。ニースがガッタを咎めると、マイスターは自分の子育て時期の体験談を持ち出しながらニースの叱責を止め、用件を聞いた。
「うちの腕白坊主に比べれば、可愛いもんよ。それはそうと、うちに何の用だい?」
ガッタの想定外の行動でスッカリ忘れるところだったが、ニースは本題を思い出し、マイスターへ簡潔に用件を告げた。




