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ガッタとニースたちが、ペンションでディナーを楽しんている頃、ガニュメデス邸にはサーヴァの他に、もう一人の男性がいた。
「なーんだ。姉ちゃんたちは、まだ帰ってきてないのか」
「さようでございます。予定では今夜にも戻られることになっていますが、いかがなさいますか?」
応接間のソファーに座っている長い尾羽を持った人物は、他でもないシュヴァルベである。サーヴァが淹れた紅茶を飲みながら、すっかり我が物顔で寛いでいる。
「帰ってくるまで、待たせてもらっても良いか? 俺の口から直接伝えないと、姉ちゃん、信用しないと思うんだ」
「構いませんよ。この雨ですから、飛んで帰る訳にもいきますまい」
窓の外を見れば、しとしとと小雨が降っている。傘をさして歩けば良い話だが、サーヴァは無理に帰らせる必要も無いだろうと判断したようである。それどころか、話し相手が出来て喜んでいる節も見える。
さり気なく空になったカップを下げ、新しいカップに淹れた紅茶と交換しながら、サーヴァはシュヴァルベと話を続ける。
「そのお話というのは、どういった内容なのでしょう? ――お砂糖とミルクは、お入れしましょうか?」
「まぁ、お話っていうほど、大した内容じゃないんだけどさ。――どっちも、たっぷり入れてくれ」
シュバルベは、ティースプーン三杯分の砂糖とピッチャー半分近くのミルクが注がれた紅茶をひと口啜って喉を潤してから、オンサと結婚を前提に付き合うことになった旨を語った。それを聞いたサーヴァは、目を細めて祝福の意を述べた。
手放しのお祝いコメントに気を良くしつつも、日頃、そうしたことを言われ慣れないせいか、どこか照れ臭くなったシュヴァルベは、話題を変えることにした。
「俺の話は、横に置いとくとして。何か面白い話を聞かせてくれよ。あの男のこと、小さい頃から知ってるんだろう?」
「坊っちゃんのことでございますか?」
「そうそう。どんな坊っちゃんだったんだ? 昔から、あんな感じで根暗だったのか?」
本人がいないのを良いことに、シュヴァルベが言いたい放題になると、サーヴァは顎先に指を添えて考えつつ、在りし日のニースのことを語りはじめた。
社交的で派手好みだった両親と違い、ニースは昔から控えめで大人しく、とりわけ幼い頃は人見知りが激しかったという話に差し掛かった時、サーヴァは、何かを思い出したように、ふと視線を天井へ向け、次いでシュヴァルベの方を向いて言った。
「当時の日記やアルバムが、二階の部屋のどこかにあるはずです。差し支えなければ、探すのを手伝っていただけますか?」
「おっ、いいぞ! どこにあるんだ?」
「ご案内します。こちらへどうぞ」
サーヴァの企みに気付かないまま、シュヴァルベは二階へと移動した。そして、奥に仕舞い込まれているはずだというサーヴァの言葉を信じ、シュヴァルベは言われるままに堆く積まれた荷物の山を仕分けし、そのまま使われていない部屋の掃除を手伝わされたのであった。




