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「ニース。あなたという人は、来て欲しい時に来なくて、会いたくないタイミングで現れるのね」
スイートルームの一番奥の部屋で、クイーンサイズのベッドに横になっていたミオは、ニースの姿を見るなり不平不満をぶちまけた。ニースは、ベッドの縁に腰を下ろしつつ、今度は言われっぱなしではなく、言いたいことを言い返す。
「気になって駆け戻ってきたというのに、文句が多いな。まるで僕が徴税官であるかのように言わないでくれ」
「部屋は施錠しておいたはずだけど、どうやって入ったの? ゲートルにメスでも仕込んでた?」
「君は、薬師と医師を混同している。薬師には、処方箋を書き、専門薬の調剤と投与ができる資格があるが、医師ではないので、執刀は出来ない」
「でも、注射は打てるでしょう? 痛み止めで前線に立たせた軍人は、何人いたの?」
「ミオ。僕は謝罪したのだから、五十年も前のことを蒸し返すんじゃない」
「……そうね。忘れてたわ」
ミオの非難が一旦収束すると、ニースはミオの首元に手をやり、慎重にスカーフの結び目を外した。ミオの首筋に斑紋が出ているのを確かめると、ニースは問いただすような口調で言った。
「いつからだ?」
「二日ほど前よ。間に合って良かったわ。カリーネをよろしくね」
「医師に相談はしたか?」
「もう、この歳だもの。病と闘う気は無いの」
「歳のせいにするのは良くない」
ニースはベストのポケットから薬屋で買った薬包を出すと、立ち上がってサイドボードの上に置き、燭台を持って紙の上から中の種をすり潰した。そして、燭台を元に戻してから五角形に折られた底辺をトントンとサイドボードの上で叩き、三角に折り込まれた部分を丁寧に広げた。
それからニースは、再びベッドの端に腰を下ろし、ミオの顎先に軽く手を添え、薬包の開いた方を口元に近付けながら、薬を飲むように指示した。しかし、ミオは口を引き結んだまま、顔を背けてしまったので、ニースはミオの顎をクイッと自分の方へ向け、目を合わせながら言い直した。
「いいから、口を開けなさい。これ以上に乱暴な真似は、したくない」
ミオは、ニースの顔を見ていられなくなったのか、それとも反抗する気力を失ったのか、瞼を閉じて口を開けた。




