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「えらべないよ! みんなでいっしょじゃ、ダメなの?」
一分間ほど悩みに悩んでから、ガッタは両手でスプーンを二本とも取り上げた。それを見たルナールは、天気の話でもするかのような気軽さで、ニースに問いかけた。
「ニース様。お屋敷に、鍵を掛けたまま使ってないお部屋がありますよね?」
「あぁ。有るには有るが、どこもろくに掃除をしていないから、すぐには使えない」
「掃除なら任せなさい! 錆びだろうが煤だろうが、ドンと来いよ」
ニースの返事に対し、カリーネは胸を張って自信満々にピーアールをはじめる。
「裁縫は苦手だし、絵心は無いけど、料理は得意で、どんな魚でも捌けるし、力仕事も出来るわ」
「良かったわね、ニース。ハウスキーパーが増えて」
「ハウ、スキー、パー?」
「ハウス、キーパー。お屋敷に居て、お料理とかお掃除とか、手間の掛かることをやってくれる人のことよ。――使用人の一人や二人、増えたところで問題ないでしょ? 雇ってあげなさい。ノブレスオブリージュよ」
ミオが勝手に話を進めると、ニースは反論しようとしたが、ガッタが万歳しながら先に喜んだ。
「わ~い! それなら、みんないっしょだね」
「よろしくお願いします、ルナールさん」
「こちらこそ、よろしくね、カリーネさん」
ここまで話が進んでは、いまさら喜びに水を差す真似をする訳にもいかない。そう判断したニースは、カリーネを屋敷に住まわせることにしようと、渋々ながら決めたのであった。
あと、あくまで仮定の話だが、もしもニースがカリーネと結婚すれば、ガッタは正式にニースの娘になるのではないか。そのことに、このあとルナールは帰りの馬車の中で、ふと思い至った。だが、それを口にするのは、もう少し先にしようと考え、そっと胸のうちにしまい込んだ。
さて、話を戻そう。安心すると空腹になるのは、動物的にも自然の摂理である。
ミオは席を外して部屋へ戻ったが、あとの四人は、そのままフロントへ移動し、紹介されたレストランへ向かうべくホテルを出た。
お互いのどこに惹かれたのか、ルナールとカリーネはすっかり打ち解けた様子で、あいだにガッタも加わり、湖畔を歩く道中でも、一向に話が止まらない。
女性という生き物は、やはり三人集まると賑やかなものだな。ニースは、楽しそうにお喋りに興じる三人を、遠巻きに微笑ましく眺めつつ、ルナールを見て、屋敷の中では、フランクに話せる相手がいなくて辛い思いをしていたかもしれないと考えた。そして、いかに今までの自分が孤独な環境にあったか、改めて実感させられたのであった。
「わっ。ひとが、いっぱい!」
「おおかた、僕たちと同じように献花に来た人たちだろう」
「あら、ホントだ。席が空くまで待ちますか?」
フロントで紹介されたレストランは満席で、店の外まで行列が出来ていた。カフェで軽くつまんでいるとはいえ、ちゃんとしたランチも食べたいところ。だけど、並んでまで食べる価値があるのか? 誰もがそう思っていると、カリーネが路地の先を指差した。
「あの店なら、空いてそうだけど?」
そこには、二枚貝のマークが描かれた看板があり、店の前ではコックコートの上にエプロンを締めた男性店主が、腕を組んで仁王立ちしていた。店主はジャガー属のようで、遠目でもライオンのようなたてがみを持っていることが窺える。




