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「雪なんて、ゲレンデにだけ積もれば良いんだ」
そんなことを呟きつつ、手袋とマフラーをしたニースは、スコップで昨夜のうちに積もった雪を左右へ移動させ、通路を確保していた。建物の屋根は、どれも鋭角で雪下ろしの必要がないのだが、通路に積もった雪は自然に融けてくれないからである。
そうしてニースが温室までの道を確保している頃、ガッタは、前日にルナールが用意していたニット帽とセーターを身に着け、積もったばかりの雪の上に足跡を付けたり、サラサラのパウダースノーを手で掬っては真上に放り投げたりして遊んでいた。だが、ニースが雪かきを終えてスコップを片付けた頃になってから、ガッタはニースのそばへ駆け寄り、両手をトレンチコートのポケットに入れながら言った。
「ぽっけ、あったかい」
「ガッタ。それでは動けないから、これを貸そう」
ニースは、ガッタの手首を掴んでポケットから出すと、その小さな楓の葉のような手を、自分がしていた手袋で覆った。
「わぁ、おっきい」
「しもやけや凍傷になるから、あまり長い時間、雪に触れないように。もうすぐルナールが来るだろうから、屋敷に戻ってなさい」
「はーい」
ガッタは、一回りも二回りも大きなニースの手袋をはめたまま、屋敷に向かって元気よく走って行った。
「やれやれ。子供は気楽で良いな」
「そうかしら? 子供は子供で、悩んだり苦しんだりしているものですよ」
お転婆娘の後ろ姿を見ながら独り言ちていたニースに合いの手を入れたのは、もちろんルナールである。彼女もまたマフラーと手袋をし、羊毛のコートを羽織っている。
「おはよう、ルナール」
「おはようございます、ニース様。昨夜は、よく寝られましたか?」
「あぁ。予定外のことがあったが、それなりに睡眠は足りている」
「それは、ようございました。ブレックファーストに、ご希望は?」
「特に無い。有る物で、好きなように作ってくれ。僕は、温室の様子を見てから戻る」
「承知いたしました」
ルナールが屋敷に向かい、ニースは温室へと一歩踏み出した。だが、ニースは昨夜の出来事を思い出し、ルナールを呼び止めた。
「ルナール」
「はい」
「君は、ぬいぐるみを作れるかい?」
「はい。精巧な物は作れませんが、お子様向けの物でしたら」
「そうか。それなら、一つ頼みがある」
ニースは、ルナールの獣耳にそっと耳打ちした。ルナールは、それを聞きながらニコニコと微笑むと、ニースの依頼を快諾した。
いったいニースがルナールへ何をお願いしたのかは、一話挟んでからお伝えしよう。




