或る男、陰陽師に嫁ぐこと。3
ここから先の展開に以下の要素が含まれます。
閲覧の際にはご注意ください。
・女性の男装、男性の女装(描写は軽め)
安部家は代々陰陽師たちを束ねる長である一族で、都随一の陰陽師だ。その当主は代々晴明を名乗り、陰陽寮を率いている。右大臣の息子とはいえ、私のような身分で簡単に会えるような人物ではない。さらにもまして、先々代晴明といえば、安部家を都一の陰陽師一族に導いた伝説の人物だ。
その晴明……殿が。
「単刀直入にな、そなたの体質について言おうぞ。そなたはな、妖をその身に宿しやすいいわば妖媒といわれるもの」
「よう、ばい……」
「左様。今から十五年前のこと。都の妖門が開かれ、百鬼夜行が起きた。どこにあるかは秘密じゃ。妖門とはその名の通り、妖たちがこの現世へ現れるための通り道のこと。普段は閉じているその門が開いた。あとはわかるだろうよ。百鬼夜行のはじまりじゃった」
晴明翁は静かに語り始めた。それは、私が知らない都の裏の話であった。時折、翁は寂しそうな顔を見せながら語った。
「そうして、開かれた門を封じるために儂の息子夫婦が命をかけて百鬼夜行を門の外へ押し返してくれた。しかし、二人ではその門の鍵をしっかりと締めることはできなんだ。ぴったりと閉まらない門からは、妖の出す悪い気が少しずつ流れ出る。それによって、都には妖気が満ち始めてしまった……」
私は、その突拍子もない話を、ただ静かに聞いていた。信じることはにわかにはできぬ。しかし、それを嘘八百と切り捨てることもできなかった。
「それが、私の体に影響していると……」
「そう。そなたは、その妖気を過敏に感じ取ってしまう。ゆえに、妖気の混じった気に触れることで体に不調を覚えてしまう。苦しそうに息を詰まらせて泣くことすらできないでいたお前を抱き締めながら我が屋敷へ駆け込んできた右大臣の姿は、今でも鮮明に思い出せる」
「ああ、あの時は生きた心地もしなかった」
父は悲しげに微笑んだ。
その日、私は突然息を止め、意識を失ったそうだ。それに気づいた母が、普段は動きも緩慢でのんびりとした母が、鬼気迫る表情で父の元へ走ったそうだ。女人が、それも貴人が走るなど、あり得ないというのに。父は、母から私を受けとると、友である晴明翁の元へ一目散に駆けていった。牛車を使うより、馬の方が早いと、馬の背に乗り都を駆け抜けた。
「お前は、なんとか生き延びてくれた。しかし、その時に晴明翁に言われたのだ。この子は妖の気配に弱い。一度妖に命をとられかけたため、呪いが魂に刻まれてしまった。都から遠く離れることもできないし、長く生きることもできないかもしれないと。それでも」
父は私の目を見て、「それでも、お前が幸せに生きていくことを望んだのだ」と言った。
長く生きることができないと言われた私は、十五年生きることができた。しかし、こうも頻繁に発作を起こすようになったということは、ここから先の人生は危ういものになるかもしれない。
だからこそ、今、父は選択したのだという。
「……私は二度と外に出ることは叶わないのでしょうか」
「そうかもしれぬな……。そなたを守るために、儂は右大臣に頼まれてこの屋敷に結界を張っておる。しかし、その結界ももう限界が来はじめている。もってあと十年が関の山。結界を張り直すには、儂は老いてしまった……かといって今代の晴明にはまだ少しばかり困難な術式であってな」
ここまでの話は理解できた。しかし、それがどうして嫁にいくことと繋がるのだろうかと、私は父の顔を見た。父は、何も言わない。
「だがな、我が安部家には強い霊気をもって妖気を相殺することのできる娘が嫁いでいる。ゆえに、我が屋敷に住めば、若草殿も平穏な暮らしができるだろうと思ってな」
「それは、なんとも、その……突拍子もない話で……」
「しかしそれしか手だてがないのも事実。そういうことだから我が孫である今代晴明の元に嫁いでもらいたいのじゃ」
「……えっと」
私はきっとなにか冗談を聞いているに違いない。
だって、私は正真正銘の男で、晴明殿も男のはずだ。一度だけ、宮中ですれ違ったことがある彼の人物の姿を私は必死に想起した。
美しい黒髪と涼やかな目元。話す声色は鈴のようで、ああこのような美しい人ならば数多もの女人に愛されているのだろうなと、そう思った。自分にはないものをすべて持ち合わせていた、美しき陰陽師。
「しかし、翁。晴明殿は……」
「仮初めのものでも構わぬ。我が子が結界の秘術を会得すれば、我が屋敷から出ることも叶う。それまで、なるべく近い場所にいてもらいたいのじゃ」
どうか、納得してほしい。そう晴明翁は私の手を取った。救いを求めるように父を見る。父は無言で、目を閉じていた。もはや、これ以上の最適解は見つけられなかったのだと翁に泣きつかれてしまっては、私も首を縦に振るしかなかった。
「若草」
父が私を呼んだ。
「すまないな」
そのすまない、の中には、様々な思いが込められていた。いつの間にか部屋には母の姿がある。母も泣いていた。二人は、私を人並みに生めなかったことを悔やみ、謝っていた。
違う。違うのです、父上、母上。
若草は、貴方たちの子として生まれられたこと以上の幸せなど望んではいなかった。私のせいで、貴方たちが疎まれることが悲しかった。ただそれだけなのです。
私は、翁に言った。
どうぞ、よろしくお願いいたしますと。




