或る男、陰陽師に嫁ぐこと。2
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・女性の男装、男性の女装(描写は軽め)
今日も今日とて半日も持たず屋敷に戻ってきた。私は、脇息に体を投げ出して涙を流した。
屋敷に戻ればあの不快感は消え去る。宮中に参内すると不快感に苛まれる。故に、解決策が見つからない。まさか参内すると体を悪くするなど口が腐っても言えることではない。
私が何度目かもわからない溜め息をつくと、母の侍女である小袖が呼んだ。父母が呼んでいる、と。
小袖に連れられて父母が住まう部屋に行くと、父母の他にもう一人ーー老人が座っていた。老人は私を見ると眉を潜め、憐れむかのような目を向けた。こんなご隠居にまで私の悪評は伝わっているのかと、私は心の中で嘆いた。
……それより、この老人、どこかで見たことがあるような。
「そなたが若草か」
老人は私の通り名を呼んだ。
その名で呼ばれるのも久しい。私は母の血が由縁なのか、若草の瞳をもって生まれ落ちた。母はその昔の渡来人の血を引いていたのだ。それ故に、元服が済んでからはもっぱら「若草の君」などと呼ばれていた。それもまあ、私が呪いに苦しめられるまでの話なのだが。
私は下座に腰を下ろし、父に問う。
「私に、何用でしょうか」
「うむ……そなたにはまあ、苦労をかけさせたと思うてなあ。その体質はさぞかし苦しかろう」
私は目を臥せる。私のせいで父まで悪く言われているのではないかと気が気ではない。
もしや、私はこのまま勘当されるのではなかろうか。我が家には側室腹とはいえ真っ当な男子がいる。弟に家を継がせて、私は寺にでも入り阿闍梨になれと言われるのではないか。
私は震える手を着物の内に隠して、父の次の言葉を待った。
「若草」
私は顔をあげ、「はい」と呟く。
そして、次の言葉をまだかまだかと待った。寺にいけと言われても、素直に頷こう。そう心に決めて。
「そなた、嫁にいけ」
「はい、頭を丸め仏門に入れば我が家の悪評もまた消え……へ?」
「だから嫁にいけ、若草よ」
どうやら、仏門に入ることは免れたようだ。しかし、私の耳に謎の単語が残った。
嫁……?
私はれっきとした成人男子であり、むしろ嫁を迎える立場である。まあ、このような体質で私を受け入れてくれる女君などいないのでいまだに独身を貫いてはいるが、本来ならば既に妻を一人や二人持っていてもおかしくはない年頃だ。
しかし、父は「嫁にいけ」と言った。
嫁に、いく……?
私が……?
「右大臣よ、順をおって話さねば若草殿もわかるまいよ……。そなたは昔からすこぉしばかりせっかちよな」
老人はけらけらと笑う。
「して、若草殿。儂を知ってはおるまいか」
「えっ……、と」
「まあ、無理もない。儂はもう隠居した身ゆえな。儂は安部家先々代の晴明と申す。いまの陰陽寮の主たる晴明は儂の孫じゃ。そなたとは幼い頃に何度か会うているのじゃが……まあよい」
安倍晴明。その名を聞いて、私は気が遠くなった。




