冷たくも甘い言葉
書きためてあったものをようやく編集しました。
俺の彼女は、大森 和咲。
付き合っていると言っても、彼女は冷めていて、俺だけが好きでいる感じだ。
綺麗で無口な彼女はモテて、回りの男どもは彼女がフリーになる機会を狙ってるとさえ言われている。
その噂からすると、俺は幸運にも彼女がフリーだった時に告白したらしい。
告白の返事は即答で、『付き合ってる人いないし、別にいいよ』と軽く言われた。
彼女の事が大学に入ってからずっと好きで、入学から1年目にしてやっと告白できたのだ。
だから付き合えて、とっても嬉しい。
付き合って2ヶ月は経つが、彼女は本当に無口で、自分の事も全くしゃべらなかった。
そして彼女には変わったところがいくつかあって今現在、俺は戸惑っていた。
告白するまでは、学部も違う為、全く話したことがなかったのだ。
そう、俺は一目惚れだった。
「なぁ和咲、俺の事いつも『あなた』とか『ねぇ』って呼んでるよな」
「……」
「名前で呼んでよ、杉本でも祥一でもいいからさ」
「…今のままで別に困らないからいい」
「和咲……」
名前も呼んでもらえないし、無関心な人みたいで、一緒に出掛けたりしても、『好きにしていいよ』『お好きなように』が口癖で、決めるのはいつも俺だ。
最初は浮かれてて気にしなかったけれど、毎度言われているうちに突き放されているようにも感じてくる。
なんか嫌々付き合ってくれてるみたいで…寂しくなってくる。
「別れたい…」
「……」
「俺が告白して付き合い出したのに、ごめん」
付き合い出して、3ヶ月が経ったころ悩んだ末、別れを切り出した。
まだ和咲の事が好きな彼は辛くて、彼女の顔を見ないようにうつむいたまま言った。
そうして彼女の返事を待ちながら、きっとまたいつもの口癖が出るんだろうな、などと考えていた。
「…すきにしていいよ」
やっぱり…。
「…わかった」
やっとの思いで返事をすると、足早に彼女の元を離れた。
「祥、どうしたんだ?元気ないな?」
「…あぁ、明か、うんまぁちょっとな」
授業が始まる前の休み時間、大学で意気投合した親友の明が、いつものように隣の席に座る。
「そう言えば、最近大森嬢と一緒にいるとこ見ないけど?」
「…っ」
彼はキッと、親友を睨んだ。
「まさか、地雷?なんかあったの?言いたくなければいいけど」
「…」
「一緒にいないってか、大森嬢を大学で見かけないよな、最近」
「…え?…ホントか?」
「いや、大森嬢のこと話してるヤツがいて、小耳にはさんだだけ。まぁ俺も最近見かけてないなと思ったし。彼女目立つからな、あのクールビューティーで」
「あんなに真面目な和咲が学校に来てないなんて…」
「そうなのか?」
「あぁ。前に一回ぐらい学校サボっても平気だよって、和咲に言ったら、『あなたは大学に何しに来てるの?』って怒られた」
「さすが大森嬢…」
「…俺、和咲と別れたんだ」
「えぇ!?ウソ!」
「俺は今でも好きなんだけど 、和咲は俺の事好きじゃないみたいだから…」
「…うーん、俺それはないと思うけど?」
「え?」
「お前ら上手くいってそうだから言わなかったけど…」
「またちょっと聞いた話しなんだけど、大森嬢は今まで告白されても一回もOKしたことなかったらしい」
「え?」
「大森嬢はいつも、『好きな人がいるから』って断ってたみたい」
「…え?」
「俺が思うに、そこからあの『男はフリーになるのを狙ってる』って噂が出たんじゃないかな。だから、お前と付き合ったって事は、その『好きな人』ってお前だったんじゃないか?」
「そんなワケないよ。…だって、付き合うまで和咲と話したことないし」
「それはわからんが、お前だって一目惚れだったわけだし、大森嬢だってそうかもしれないじゃないか」
「そんな…」
「ま、もうちょい話し合ったほうが良さそうだね」
「…」
「授業も終わったし、どっかでメシ食って帰るか?」
本日の授業が終わると隣の席で伸びをして、いつものように明が声をかけてくる。
「…」
「おい、祥?」
「和咲がいる…」
「あ、ホントだ。大学に来たんだ。ん?誰かと一緒なのか?あれは」
教室の窓から見えた和咲は見知らぬ男と歩いていた。後ろ姿だが、それは絶対和咲だった。
「あ、おい祥?!」
気付いたら、駆け出していた。
「…和咲!」
やっと追いついて名前を叫ぶと、彼女はビクリとして振り返った。
彼は和咲の腕を掴み引っ張っると、無言で歩き出した。
「…痛い、放して」
彼女の声は聞こえていたが彼は無視した。
電気が消され、人がいない教室を選び、二人で入ると彼は勢いよくドアを閉めた。
廊下のライトがドアガラス越しに入るが、日が暮れた教室は薄暗い。
「…なに?」
行動の荒っぽさに、怯える彼女を壁に押し付けて無理矢理キスをした。
「…」
「…やっぱり好きだ。別れたけど、和咲を忘れた日なんてない」
「…」
「…ごめん、勝手だよね。もう彼氏がいるんでしょ?さっき一緒に歩いていた人かな」
「…」
「和咲の口癖、好きにしていいよ、ってやつ…なんか突き放されてるみたいで寂しかったんだ。嫌々付き合ってくれてたのかなって…。だから、だんだんその口癖を聞く度に苦しくなって、別れたいって言ったんだ」
「…」
「…でも好きだから別れても苦くて、和咲が他の男と歩いてるの見たら、頭に血がのぼって、こんな乱暴なことしちゃった。ごめん…」
彼は彼女から離れた。
「…でも新しい彼氏にはあの口癖は言わないようにした方がいいよ。もうこんな事しない…もう近づかないから」
彼は彼女の表情を見ないようにして、歩き出しドアに手を伸ばした。
「…いや…いかないで」
小さくかすれるような声が聞こえた。
彼が振り返ると、彼女は涙を流していた。
「あの人は、ただの先輩。新しい彼氏なんていない」
「え?」
「私にはあなたしかいないから。…あの口癖も、あなたにしか言ってない。あなたになら何されてもいいと思ってるから…あなたが決めた事なら嫌な事なんてない」
「…それって、俺を好きってこと?」
「…うん」
「じゃあ、なんで別れたの?」
「…あなたは見てるだけで私をすごく好きでいてくれるのがわかるから 、別れても好きでいてくれるならそれでいいと思った」
「和咲…」
「あなたのこと、ずっと好きだったから、付き合えてもどうしていいかわからなかった。私こそ、ごめんなさい」
彼は彼女の側へ戻ると、涙を指で拭う。そして強く彼女を抱きしめた。
「俺もごめん、和咲と別れるなんて出来ない。もう和咲が嫌って言っても離さないよ」
「…うん…好きにしていいよ…」
彼女は彼の耳元で囁いた。
「…!」
あんなに冷たかった言葉が、一瞬にして全てを委ねてくる甘い言葉になるなんて彼は思いもしなかった。
「和咲とあんなにしゃべったの初めてだったかな?」
「うん」
翌日の早朝、一人暮らしの和咲の部屋で、祥一の用意した朝食を二人で食べていた。
「やっぱり、もっと話そうよ、今まで会話しなさすぎたんだよ。和咲の事ももっと知りたい。少しずつでいいから話してほしいな。俺も思ったこと話すようにするから」
「…わかった。努力はする。でも、私は祥一君の考えてる事、大体わかる」
「…え?あ!名前初めて呼ばれた…夜以外で…」
彼はイタズラっぽく笑って彼女を見た。
「ぁ…」
自分でも無意識だったのか、ハッとした彼女は真っ赤になってしまった。
それを見た彼は吹き出す。
「…はは。なんだそうか、恥ずかしかっただけなのか」
「…祥一君は犬みたい」
「犬?」
「感情が表に出て分かりやすい。素直で可愛い。私にはあなたの事なんとなくわかる」
そう言って彼女は穏やかに笑う。
そんな表情にときめいた彼は「可愛いのはそっちだ!」と襲いかかりたいのをこらえて、隣に移動すると優しく抱きしめた。
「俺なんか好きになって、どうなってもしらないよ?」
「…え?今日、3限から授業あるの」
「分かってるよ。それまでいいでしょ?」
「もう…。お好きにどうぞ」
その甘い言葉はもう冷たくなかった。