22.ロベルトの情報
夜も明け、午前6時の鐘が鳴る。
まずは、昨日のあいつらの動向の確認からだ。近所に来ていないのは分かっているが、徒党を組んでとかになると逃げないとだから。
誘拐男と蹴り男は、合流している感じもないな。貧民街手前の路地に居るような感じだ。
パン屋は、家から動いてなさそうだな。
まあ起きたら家の物が何もなくて、裸だったら動きようも無いか‥‥。俺だったらどうするかな?ご近所さんに服を借りて、警察に駆け込む感じかな。
ここでは警察じゃなくて衛兵だけど、言っても多分動いてくれないだろうな。
ご近所さんも、仲良かったらお金なんか貸してくれるかもだけど、あのパン屋だからきっと無理だろうな。
あとは貧民街で生活しながら、危険な仕事する感じになるんだろうな。
サーチと思考に集中していると、
「ハルト‥‥おはよ。」
「おはよ。アリス」
アリスが起きてきたので朝食にする。今日もいろいろ動かないといけない。
「昨日のパンの残りで、朝ご飯にしよう」
「うん。」
パンは相変わらず硬いしけど、お腹には溜まりそうだ。
今日の昼ごはんは材料もある事だし、なにか食べられるようにしよう。
「今日も、外に行くんだけどその前に、これに着替えて。」
俺と同じく昨日の戦利品のシャツだ。
アリスは俺よりも少しだけ背が高いけど、俺と同じくシャツだけで足元までの長さになってしまった。
シャツを着て腰を紐でしばって調整し、その紐に昨日まで俺が使ってた鞘付きのナイフを付けてあげる。
その後、小さめのシーツを頭から被ってもらい、首元を革紐で少し加工してフード付きのマントのように被って貰う。
俺と2人でほぼ同じ格好だ。
洗った髪と汚れていない顔が、誘拐の原因だっただろうから、これで少しは危険も減るんじゃないかな。
少し冷静になって考えて見ると、日本と違ってここは危険だと思ってたけど、日本でも常識を知らなければ非常に危険だ。
例えば、道路に飛び出したら車にはねられて死ぬ事もある。そう言う意味では死に直結するような危険が日本でも盛りだくさんだ。
日本に住んでいれば当たり前の事だからやらない、危険はないと思ってしまっている。
それと同じように、ここでは綺麗な髪や顔をさらさないと言うのが当たり前なのではないだろうか。
そう言った当たり前の事を知らずに、汚いとか病気になると思って綺麗にするのが正しいとは限らない。
もしもそうするなら、見つからないようにフードなりで隠したり、ボディーガードを雇ったりするのが当たり前なんだろう。
ただの常識の違いなのかもしれない‥‥。
だとしても、常識を知らない俺にとってこの世界が危険なのは変わらないのだけどな。
「ハルト、これってハルトのじゃないの?」
腰につけて上げたナイフを見ながらアリスが質問してくる。
「ああ。俺は昨日の奴らから手に入れたから、そのナイフはアリスが使って。石のナイフよりも使いやすいし、鞘付いてるからね。」
「うん。」
アリスはフードの首元の革紐が気になるようで、紐を持って顎に当てたり、喉に当てたりしながらこっちを見てる。
「今日も外に行くの?」
「ああ。できれば外で暮らせるようにしたいと思っているんだけどね。」
「外って、あそこで暮らせるの?」
「う~ん。今日、行ってそのまま暮らせるかはわからないけど、早い内にね。」
「うん。」
アリスと2人でフード目深にかぶり、東通りの端を早足で中央に向かって進んで行く。
中央広場まで行ったら、そこから南門に向かって通りを進んで行く。
南北に通る通りは、東西に通る通りよりもさらに広くなっている。
日本の感覚で言うと、6車線分くらいの広い道だ。
人の往来は、東通りとそれほど変わらないと思うんだけど、通りの真中はたまに馬車が走って行くのが見える。
馬車は、馬が1頭で幌付きの貨物を乗せる場所が付いている。
横に歩いて付いて行っている人もいるので、速度は歩行者と変わらない。
多分荷物が重いのでそれを引く為で、早く目的地に着く為の乗り物って感じではないんだろう。
でも荷車を引いている人は結構多いのに、馬車はほとんどいないので馬が高いのか、遠くに行く人しか使わないのかあまり使われてい無さそうだ。
南門に付くと、ロベルトさんが受付をやっているのが見えた。
俺達に気付くと、向こうから声をかけて来てくれた。
「ハルト、無事だったのか!」
「え?ロベルトさん」
「昨日あれから気になって、仕事終わりに冒険者ギルドの方に行ってみたんだ。そしたら子供の2人連れが襲われたって話を聞いて心配してたんだ。」
ああ。わざわざ後から来てくれてたんだ。こういうのありがたいな。
「心配してくれてありがとうございます。大丈夫です、アリスも俺もケガも無いです。」
「お前らが襲われたんだとおもってあせってたけど、よかった。」
「ご心配おかけしました。」
「本当によかった。話では男女の2人組だったって言うし、男の子の方は蹴られて死んだって話だったし、女の子の方は袋詰めされて連れ去られたって事だったから、もしかしてと思ってたんだ。」
あら‥‥そんな話になっているんだ。
確かに、俺のケガは死んでも不思議なかったケガだったっけど‥‥。
「時間的にも、お前達が冒険者ギルドに向かったくらいの時間だったし、死んだという話のわりに、その男の子の死体が見つからないので、どこかでケガして生きてるんじゃないかと思って、探して回ったんだが見つからなかったんだ。」
ああ、探して回ってくれてたんだ。
「心配かけてしまったみたいでごめんなさい。ただ冒険者ギルドでの買い取りはしてもらえなかったですけどね。」
「ん?やっぱりなんかあったのか?」
「なんか浮浪児からは買い取らないそうです。というか、大銅貨1枚で買い取られそうになって逃げました。」
「ひどいな。冒険者ギルド自体は、国や領主様からの金を貰って運営しているはずなので、そういった事はないはずなんだがな‥‥。」
冒険者ギルドって国営なんだ‥‥それにしては随分お粗末な対応だったな。
「でもあくどい担当者がたまにいて、そういう奴が買い取り時に安く叩いて金を着服する事があるって噂は聞いた事がある。その担当者が誰だったか覚えてるか?」
「いえ名前までは聞いてなかったです。女性だったくらいしか‥‥。あと他の人から買い取る時にも随分偉そうにしていたので目立ってました。」
「はあ‥‥一応その話はギルドに回して置く事にする。次行く時には、俺が一緒に行ってやるよ。」
「ありがとうございます、でも出来ればなんですけど、ギルドよりも皮を直接買い取ってもらえる所があるってハーリさんに聞いたので、そこを紹介して貰えないかと思ってたんですけど‥‥。」
「なるほどな、解体して皮だけ売るのか。肉はギルドに持って行かないと買い取ってくれる所は少ないぞ。」
ああ、やっぱり肉屋って言うのはないんだ‥‥。
いや、もしもあったとしても子供が持ち込んだ解体済みの肉は買い取って貰えないか‥‥。
「じゃあ仕方ないですね‥‥肉は食べちゃいます。」
「皮よりも肉の方が、高く売れるのに食うのか‥‥それは贅沢だな。まあいい、家に行けばハーリがいるから、言えば皮屋に紹介してくれるはずだ。」
「ありがとうございます。助かります。あと今日中に町に戻れなかった場合の、入町金っていくらになるんです?」
「ん?泊りで狩りをするのか?」
「今日行くかはわからないですが、泊りで遠くの獲物を狩りに行ってみようかと思って。」
「荷車なしでの入町税は銅貨2枚なんだが、入る時に身分証明がいるんだ。」
「身分証明ですか?」
「ああ。どこかで働いてたらそこで貰える身分書か、各種ギルドのギルド証なんかだな。」
あうちっ!ここで冒険者ギルドが絡んでくるのか。
どこかで働くのは無理だろうから、冒険者ギルドへの加入は必須だったのか。
「冒険者ギルドへの加入は難しそうですね‥‥。」
「俺が一緒に行ってやってもいいが、冒険者ギルドでギルド証を発行して貰えるのは、加入だけではダメで、ある程度冒険者ギルドに貢献してランクを上げないと発行して貰えないんだ。」
なんと‥‥思ったよりもハードルが高い。
「ギルド登録だけじゃダメなんですね。貢献って?」
「ギルドに加盟しただけでは、銅ってランクで登録されるんだが、次の大銅ってランクまで上げないとギルド証は発行されない。上げる為には、ギルドの出している仕事を受けて評価されるか、狩って来た獲物や、装備品なんかをギルドで売却するなんかが必要なんだ。」
獲物を取って来るだけならなんとかなるけど、売る事が出来なければランクも上がらないと‥‥。
ロベルトさんに一緒に行って貰って、加入出来たとしても、その後が続かないんだよな‥‥。
「そういえば、ハルトはいくつだ?冒険者ギルドだと7歳にならないと加入出来ないんだが‥‥。」
「‥‥5歳です。」
「‥‥身分証明はむずかしそうだな。」
「身分証明無しで、どうしても入りたい時ってどうなるんですか?」
「子供の場合には、親なんかの保護者が町に居れば、保証金で入る事が出来る。」
「孤児です。」
「孤児の場合には、孤児院が保護者になるんだが、保証金を払って貰えないどころか、保護者として受け入れもしてくれないだろうな‥‥。」
と言う事は、あと2年待たないとまったく手がない、と言う事か‥‥。
あ‥‥アリスは6歳だから、あと1年か。
もしくは、年齢査証しての冒険者登録かな。
孤児院を調べられたらバレるかもだけど、調べるまでしないと言う前提で行く感じかな。
このルールって孤児は町から放逐するのが目的なんだろうな。でも子供を外に出さないと言う意図もあると言う事かもしれないので複雑だな。
門を守る側の視点で見ると、子供に煩わされずに門番が出来るので、都合いいのかもだけど‥‥そっち視点の法律なのかもな。
「と言う事は、手が無いって事なんですね。」
「そうだな。7歳にもなっていないような子供が町の外に泊りで出るなんて事は、許可出来る物でもないだろう。それにこれを許してしまうと農村からの口減らしの子供が町に捨てられるんだそうだ。お前もわかってると思うが、町でなら浮浪児でもなんとか生きてはいけるからな。」
たしかにそうかもしれないな。町にさらに浮浪児が集まるのを警戒してるって事か‥‥。
不意にロベルトさんが、顔を寄せて小さな声で教えてくれる。
「抜け道的なやり方なので、あまり大きな声では言えないんだが、1人で入るのは難しいが大人と一緒なら入れるぞ。例えば、商人や冒険者の従者として扱われると年齢は関係なくなる。親が子を連れて入って来るのとそれほど変わらない扱いだからな。」
「なるほど。じゃあ人を雇って外で待ち合わせして中に入るって手はあるって事ですか。」
「金はかかるけどそれなら入る事が出来そうだな。」
冒険者ギルドは酷かったけど、獲物を売ってお金を貰うのではなく、お金を払って客として利用するにはあそこまでひどい対応はされないと期待したいものだな。
依頼としては門の外から冒険者ギルドまでの護衛として、そのまま次回の護衛も冒険者ギルドで依頼しておけば安全か‥‥。いっそ町での買い物も含めて護衛してもらってもいいかもしれないな。
ただ待ち合わせに来てくれなかった時には、もう町に入る事が出来なくなる危険もあるか‥‥。
いや、町に入る人なら誰でもいいのか‥‥。農村から町に野菜を売りに行く人や、商人が町に戻って来る時なんかに、お金を払って一緒に入って貰えばいけそうかも。
冒険者ギルドを使うよりもそっちの方が安全かもしれないな。
「ありがとうございます。そっちの方向で検討してみますね。」
「まあ、大ぴらには出来ない方法なのでバレないようにするんだぞ。」
「はい。」




