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鑑定の結果、残念ながらこれは火の力がこもった魔法石である事が分かった。ただ、ファミリアが研磨した宝石よりは少し価値が落ちるものの相当な魔力が込められた魔石である事が判明した訳で。
魔法石の中ではかなり価値があるし、相当な値段がつくと伝えると、アタマハさんは残念そうにしながらもニヤニヤしていた。
本当に正直な方だ。でも気持ち悪い顔になるので残念そうにするのとニヤけるのはどっちかにしてほしいと思ったのは心に留めておこう。
この魔石を研磨するとこもった魔力が溢れ出てしまう可能性があるので絶対にしないようにと伝え、私達はアタマハさんの屋敷を出た。
「……目が、チカチカが」
私はあの屋敷の中にいた後遺症が残っており、目の前のチカチカがどうしても治らないでいた。いつも舞踏会の給仕に行った後なるのだが、一体みんなどうしているのだろうか。慣れているのか。
目を頑張って瞬かせてなんとか落ち着かせようとしていると伯爵が私の頭に手を置いてきた。そのまま私の頭を撫でてくる。嫌な予感がした私はそれについて触れることはせず、するりと顔を外に向けた。
「エマこの後予定ある?」
「…あります」
「家族に夕食かな?それならもう手配したけれど」
「……………………」
「……………………」
こやつ、分かって言っているな。
いつもみたいにニコニコとしよって!華麗に花が飛んでるじゃないか!どうやって出しているのだその花!
「なんでしょう……」
「ふふ、物分かりが良いね。たまたま良い席が取れたんだ、劇を一緒にいかがですか、レディ」
まだその『劇』までは時間があるという事で何故か伯爵行きつけの洋服店に来ていた。
落ち着いた配色の店内では、マダムという言葉が良く似合いそうな女性が出迎えてくれる。彼女は白髪の髪を丁寧にまとめ、アメジストの様に美しい瞳の前には彼女に似合う細い銀縁の眼鏡をかけていた。
とても綺麗な方だ。昔は美女だったに違いない。
「あら伯爵様ではありませんか」
「マダム、今日も変わらず美しいね」
「全く、年寄りに何仰っているのですか。それで、今日は何の用事で?」
「ああ、今日は彼女に似合うドレスを見繕って欲しくてね」
「……え?私?」
「エマ、これから演劇を観に行くんだからドレスは必須なのは分かるね?」
「…………それは、まぁ」
確かにこれから観に行く演劇はドレスコードが基本の場所だった。だから早く切り上げて屋敷に戻り、姉様のドレスでも借りようと思っていたところなのだ。
なのに、伯爵は私のドレスを買おうとしている。
そんなの聞いていない。
ドレスなんて高価な物を買ってもらうなど、私の価値に合っていないのだ。早く止めて屋敷に戻りたい、できたらそのまま屋敷に居たい位なのに。
チラリとマダムの方を向くとアメジストの瞳と目が合った。その瞳は私の体を舐め回すがごとく動くと、また私の瞳の位置で止まる。
「ふむ、これは……磨き甲斐のありそうなお嬢さんだこと。伯爵様、金額は?」
「金額?気にしなくていいよ」
「なんとまぁ、腕が鳴りますわね」
「え、ええ?!待ってください!」
「化粧などもお願いしていいかな?」
「勿論ですわ、お任せを」
「え、ちょ、嘘ですよね?う、あ、わあぁぁ……!」
この2人には私の声は聞こえていないらしい。
私は慌てて逃げる体勢を取るものの伯爵の素晴らしい足さばきによって阻止されてしまった。
それから、マダムの細い体からは想像もつかないような力で奥の部屋まで連行されたのは不可抗力だったように思う。
連行されてから2時間後、私はキツいコルセットを巻かれ着せられたドレスに給仕の仕事をする時しか施さない化粧を塗られ、伯爵の前に出されていた。
今回のポイントを話すマダムは、とてもやりきった顔をしており、伯爵もキラキラとした目を私に向けながらうんうんと頷いている。
なんだこれ。何かのお披露目会なのか。
しかしながら、選ばれたドレスは本当に私に似合っていた。
首部分から鎖骨までと腕全体が雪の結晶の様なレースになっており、胸の部分から足先までが少し暗い水色から藍色に変わるグラデーションのワンピース部分は所々光を反射する素材が使われているようだった。
因みに髪の毛は全てアップにされ編み込みをされた髪の毛には白い小花のアクセサリーが右半分全体に覆われている。
お化粧もして、なんだかいつもよりは見える顔だと思う。
ただ、
「…………私の目の前には美しい妖精が舞っているのか」
こんな感想は普通思いつかないと思う。
それよりも気づいたんですけど、このドレスの色、伯爵の瞳の色と似てるんじゃないかな。
伯爵も着替えてて私の瞳の色、暗いオレンジ色のチーフがささった藍色仕様の服に着替えて……。
あれ?藍色?
洋服、お揃いみたいじゃない?
「……な、なんだか、お揃いの服…みたいですね?」
「ああ、よく気がついたね!」
やはり!
そして気がついていた、私の耳には伯爵から前に頂いたイヤリングが着いていることに!!
なんでここにあるの!
「伯爵、なんだか私たちの格好は恋人のようです、ね……?」
「そのドレス、気に入って貰えなかったのかな?」
「いや、このドレスはとても素晴らしいですし、なんだかとってもぴったり……」
「そうかそれは良かった、安心したよ」
ニコニコと笑う、伯爵様。
そして、彼が差し出してくる時計に目を向けると既に向かわなければ間に合わない事が分かってしまった。
「……はい」
私は、これ以上今の状況から回避できる術がないと悟り劇へと向かう馬車へと体を預けた。
お読みいただきありがとうございます!