4
「昨日の夕食は一体どう言う事です」
「おはようエマ、今日もとてもかわいいね」
「話を逸らさないでくださいませ伯爵。昨晩の夕食について聞いております」
「ひどいな、せっかく朝のエマを堪能したいのに」
早朝、伯爵は当たり前のように馬でやってきた。
そして当たり前のように柵を越え、当たり前のようにハグを求めてきたので距離を取って戦闘態勢の構えをして先ほどの質問に移る。
「いつの私も変わりはありません!それで、どう言うつもりですか」
「ふむ、そうだな……実は周りから囲んじゃおうと思っていてね」
「私の周りを?」
「そうだね、何がなんでも貴方を手に入れようとしてるからね」
「……い、意味が理解できません」
彼の全く悪気の無さそうな顔に少しだけ殺意が湧いていたが、いつのまにか彼の指が私の髪を耳に掛けていた事に驚いて言葉を失った。伯爵は少し悲しそうな顔をして私の耳をなぞる。
やめろという気持ちを込めながら手を叩くと彼はその手を掴んで自らの頬に撫で付けてきた。彼を睨み付けると瞳を潤ませているではないか。なんだその目は。
「イヤリング、つけてくれないの?」
「あんな高価そうな物私の身につけられないです」
「そんなに高価じゃないのに」
「いいえ、きっと私の家より高いはずだわ」
「それはない」
あはははと笑いながら自然な流れで私の頭を撫でて、そのまま抱きしめられていた事に気がついたので『これだからモテる男は!』と心の中で悪態をついておいた。2秒くらいして彼の腕の力が緩むとそのままおでこにキスを落としてくる。
彼は、きっと酷い顔をしているであろう私にあの周りに花が飛んでいそうな笑顔を向けると『時間だ』と呟いてそのまま帰っていった。
気持ちのいい朝と言えるくらいには柔かな風が吹き、小鳥たちが楽しそうに飛び交うくらい穏やかな朝なのだけれど私はすでにヘトヘトに疲れてしまった。朝の仕事も何もできていない。
彼の滞在時間なんてほんの数分なので朝の仕事に支障が出ることはないのだけど、どちらかというと心の疲労感がすごすぎて動けない。女扱われレベル1の私が突然女扱いレベル100の攻撃を受けている状態で私の心が追いついていかない。
でも、ほんの数分しか滞在できないのに何時間もかけて来ている事も異常だが、毎日とか本当にやるつもりなのだろうか。
「…………一体なんでこうなったのかしら」
私はため息をついて立ち上がり、仕事をする為気合を入れた。
朝の仕事を終え仕事場であるアクセサリー屋に向かうとそこには既に伯爵の姿があった。
何故今日もここにいるのか、私はがっかりしながら店内に足を踏み入れる。
伯爵はガルスさんと何やら話していたようだが、私が入った途端席を立ち上がりガルスさんにこう言った。
「今日エマ借りてもいい?」
「ええ、どうぞどうぞ」
「ちょっと!ガルスさん!」
朝から伯爵のせいで疲れまくっているのに日中まで彼と過ごすなんて以ての外だ。そもそもそんな急に予定を決めないでほしい、私にだって予定があるかもしれないではないか。
「エマ、例の鑑定のお仕事、お願いするよ」
「ぐぬぬ」
仕方ない、今日たまたま予定がなかったしその鑑定に付き合ってあげてもいいだろう。伯爵から頼まれているし一応ここの店主であるガルスさんからも伯爵の言うことは聞いてほしいと言われてしまっている。
まぁ、そもそも私にここを管轄している伯爵の頼み込みごとを断るという選択肢はないのだけど。
そんな形で連れてこられたのはとあるお屋敷だった。私のお屋敷が2つ、いや3つ入るのではないかと思うくらいの広さで、敷地内に入っているのに移動は馬車という仕様。
そして、植木を人が出迎えているかのような形で銅像のように刈りそれを並べるという奇妙な流行りも大量に取り入れられた広間は、緑色をした使用人が何人もいるようで大変気味が悪かった。
「久々に見たが気味が悪いな」
なんだ伯爵も思ってるのか、お金持ちの人達皆んな頭の中の回路が特殊なのかと思ってた。
そう思いながら伯爵を見上げると、伯爵は私を見下ろしながらにこりと笑った。
「私も感覚は庶民なんだ、昔は貧乏だったからね」
「何も言っておりませんが」
「ふふふ、そうだったね。ではこの植木達を気味が悪いと思わないのかな?」
「それは、思いますけど……」
「では私とエマの考えている事が同じという事だね、とても嬉しいな」
「今回だけでしょう」
私がふいと顔を背けると伯爵は笑いながら私の髪を撫でてきた。慌てて距離を取ろうとするも、既に自分自身が隅に追いやられている事に気がついて驚く。逃げ場はないようだ。伯爵が私の髪を手で梳きながら、そこに口づけを落としてくるのを見て、私は体が動かなくなってしまった。なんでこの人はいちいちキスしてくるんだ、こちらは耐性がないウブな少女なんだぞ!
「エマの髪の毛はいつもいい匂いがする、食べてしまいたいよ」
「食べても美味しくありませんので、離れて」
「では匂いだけでも堪能しないとね」
「ひゃっ!ちょっと、伯爵!」
伯爵が私の肩を抱くとそのまま髪に顔を埋めてきた。頑張って抵抗するも、力では到底かなわない。
伯爵にとっては私は非力な人間だと分かっての行動なんだろう。仕方ない、少しだけそのままにしよう。そう考えて抵抗をやめた。
「許してくれるの?」
「諦めただけです」
「ふふ……このまま閉じ込めてしまいたいね」
「本気で冗談を言わないでください」
「冗談でなくて本気だ」
一度腕のいい医師に診てもらうといいかもしれない。特に頭の中を診れる人物がいい。
しかしその人物を頭の中で探すより早く屋敷の玄関についたのか馬車が止まった。伯爵はとても名残惜しそうに離れ、先に降りて私をエスコートしてくれる。
「慣れておりますね」
「おや、嫉妬してくれているのかい?」
「いえ、違います」
そんな話をしていると、屋敷から小太りの背の低い男性が駆け寄ってきた。
頭が少し涼しそうだが後ろの方の少し長めの髪でカバーしている。おでこが脂でしっとりしてるお陰で、そこにへばりついた髪は後ろになびかないようになっているようだ。
「頭皮ケア商品をお土産にすれば良かったかな」
「伯爵黙って」
伯爵の小さな呟きはどうやら相手には聞こえなかったらしい。小太りの背の低い男性はニコニコとした笑顔を貼り付けながらそのまま走ってきて私たちの目の前で止まった。
お読みいただきありがとうございます!