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伯爵から聞かされた内容は、私の想像を遥かに超えていた。
そもそも私の事は、あの『一目惚れ』だと言われた時以前から知っていたらしい。
では、それまでは一体何をしていたのかというと。
まずは、私が行っていた全ての給仕の舞踏会に参加していた、らしい。エマとして初めて参加した舞踏会にも居たようだった。
自分に招待状が来ていないものについても、友人のツテを使ったり、色々と裏技を使ったり……一体何をしたのかは怖くて聞いてはいないが……全ての姿を見たという。
こうでもしないと私の楽しそうな姿を見られないから、と証言してくれた。
連れ込んでしまった時は『急に近くを通ったエマに興奮してついやってしまった、びっくりした』らしい。
あの時びっくりしたのは寧ろこちらの方だと主張したい。普通であれば伯爵が給仕の娘に純粋な好意を持ち、興奮して部屋に連れ込むなんて思わないはずだ。
ていうか近く通っただけで興奮て、病気かな。
そして、働いていた宝石屋についても驚く事が判明した。
『あの店はエマの為に建てたんだよ。当たり前だけど利益の事を考えたらもう少し貴族の多い場所に建てるし、それに、私が従業員の事を把握していない訳が無いじゃないか』らしい。
私が宝石屋以前にパン屋で激務をしていた事を把握されていた事も恐ろしいが、新しい勤務先を探し始めたタイミングも把握し、そのタイミングで、私が求めた内容を張り紙で出した事も本当に恐ろしい。
私がそこで働くように仕向けて、本当に働いていた私自身にも憤りを感じる。
なぜおかしいと思わなかったんだろう……。
私の家の近くに好条件の家を見つけたのも、長年交渉してやっとあそこの土地を手に入れたと言っており、本来、宝石屋の場所や、王宮と我が家の間にある屋敷なんかはとある富豪の商人の家だったらしい。それを手に入れる為に色々とやったと笑顔で答えてくれた……『やった』ことについての詳しい詳細はもう、聞いていない。
「一体いつからそんな事を……」
「ふふ……それは結婚した時に教えてあげるね」
結婚……。結婚ね。
さらに、爵位も私のために継いだらしい。
「あんなクズみたいな親の後を継ぐなんて本当は絶対に嫌だったんだけど、エマの為に利用出来そうだから継ぐことにしたんだ」
「利用ですか」
「そう、利用。ああ!大丈夫、エマが爵位が邪魔だと言うなら幾らでも放棄するからね」
「…………え」
「正直私が居なかったら剥奪されていたはずの爵位だし、私の好きにして良いと言われている、陛下に」
「陛下に!!?」
「あと、まぁ、弟に譲るという手段もある。だから全く気にしないでいいんだよ」
「はぁ……」
この人一体何者なの。
何がどうなってこうなっているの。
それとも、一目惚れってそんな服作用でもあるの。
あまりの情報量の多さと理解を超える内容に頭が困惑する。
「どれだけエマに真剣か分かってくれた?」
「分かりましたけど、少し怖いです」
「そうか、じゃあ、私が逃がしてあげられない事も理解してくれているということだね。嬉しいな」
嬉しい?今の私の言葉が?
やはり少し頭の構造がおかしいようだ……。
一目惚れだなんて言うから、すぐに冷めてしまうと思っていたのだ。だからそれまで穏やかに現状を楽しんで、ある程度したら離れればいいか、なんて浅はかな考えを持っていた以前の私をなぐりたい。
でも、本当に好きになってしまいそうだと思ったからすぐに離れなきゃと思って……。
ああ、なんだろう。
上手く抜けてきたと思ってた迷路の先が行き止まりだったようなそんな感覚。
これは本当に逃げられないやつだ。
この人が諦めるという未来が見えない。
きっと、私が何を言っても問題はないと言い張るだろう。
「……頑張ってください」
諦めよう、こんな話を聞いてもまだ、私もこの男が好きなようだし。
「安心して私を好きになってね」
「全く安心はできない」
ぜひ貴方の安心を聞きたいものだわ。なんて考えていると、待っていた辻馬車が目の前に到着した。
少しだけホッとした胸をなでながら、私は辻馬車に乗り込む。
「またね、エマ」
「はい、また」
別れ際に私の頭にキスをしてきた伯爵を二度見した御者は、少しだけ長く馬車を止めていたが慌てたように馬を走らせ始めた。
見送る伯爵の姿が見えなくなった頃、私は深く息をつき、静かに目を閉じる。
「変な人間」
想像の上をいく思考を持っている人物に出会ったのは久々だった。ただ、それを自らに向けられているのは初めての経験だ。
「リチャード、トルネン。リチャード…リック…」
思い出そうとしても、リチャードという名前は多すぎて何も手かがりはなかった。
私は目をつぶったままこのまま少しだけ寝ようと、考えることをやめたのだった。
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「お嬢、お嬢!!」
「んん……」
目を開けると目の前には私の助手でもある『エルレジェンダ侯爵』が私の肩に手を当てて揺らしている所だった。
「何するの、眠っていたのに」
「それは今の状況を見てから言ってくだせぇ」
「なにが……え?」
私は腕を紐で縛られ、椅子に縛り付けられた状態になっていた。おかしいな、先ほどまで馬車に乗ってうとうとしていたはずなのに。
「……貴方は何をしていたの」
「いやぁ、お嬢を連れ去ったのがハウズハンド家の人間だったもんで、ついでに調べられるかなっと……」
「そう、考えてしまったから反応が遅れた、とかじゃないよね?」
「1番の原因は、普通に会議中だったからですねぇ」
「何故今回は侯爵家の人間になっちゃったのかしらね」
「…………っす」
彼、エルレジェンダ侯爵は、カランが生み出した人間もどきである。
それはカッコウという鳥の托卵によく似ており、人間の子供として生まれ、その家族の元で育ててもらうのだ。
最早その生物は人間であるが、ただ、『近くに生まれる南の魔女を守るべし』という思考が本能として植えつけられている事実がその生物が人間ではない事を証明しているだろう。
南の魔女として生まれ、人生の実験を『人間の感情』をテーマとしている私は、人間の中で生活する事を選択した。姉妹の中で私だけが人間の子供として生まれて育つという事を繰り返している為、『魔女』である事を隠すための手段として、この人間もどきが絶対に側に生まれる仕組みを魔法使いであるカランが作ってくれたのだ。
しかし今回、たまたま侯爵家の長男として生まれてしまった彼は、嫡男として育てられ、優秀な頭脳と魔力により陛下にも一目置かれる存在となってしまった。
「あんな可愛い奥さんまでもらっちゃってさ」
「確かにステファニーは世界一可愛い、じゃなくて。どうするんですかいこの状況。あっしが助けるのは簡単ですが、助けたら色々疑われてしまいやすぜ」
「そうだなぁ……困ったなぁ、今回は魔力使えない設定なのに。ここ、どこ?」
「ハウズハンド家です、トゥーリカのところっすね」
「あー……あれか……前にお店に来た人のとこだ」
「ええ」
今や侯爵として威厳のある生活を送るエルレジェンダ侯爵、エルは、死なない私よりも会議を優先させる事が増えた。正直私も許容してはいるが、今回に関しては割と本能に逆らいすぎてはないかと思う。
椅子に括り付けられる前に助けて欲しかった。
しかも相手がトゥーリカという、いかにも良くない事を考えている相手なのだから。
コツコツという足音が聞こえてくる。
エルは姿を消し、私は前をまっすぐと見つめた。
「これはこれは、エマ嬢、おはようございます」
「おはようございます……ハウズハンド男爵」
さて、どうしたものかしら。
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