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遅くなりました!


前半と後半で視点が変わります。

裏庭から王宮に足を踏み入れると、伯爵は私をエスコートするように腕を差し出してきた。いつも私が嫌がるのでやって来ないが、今日はやはり()()()の扱いらしい。

その時から既に呼び捨てにされる事はなく、私にとってはいらない気遣いをひたすらにしてくれた。


「そう言えば、今日は仕事はよろしいのですか。ずっと私に付きっ切りでは仕事にならないのでは?」

「うーん。そうだね。エマ嬢をここに連れてきたのはだれだったかな」

「ランク……殿ですが」

「ああ、ランクのせいで連れて来られたんだね」

「………………」


私の純粋な疑問はニコニコと笑みを絶やさないまま伯爵が答えてくれた。

全くもって言葉に出していないのに、伯爵の言葉には色々な意味が込められている気がしてならない。そもそも、ほとんど人が居ないような場所を歩いているのに私達がこんな演技みたいな事をしているのも王宮に何か仕掛けがあるからなのだろうし、他の人に監視されているのは恐らく間違えがないだろう。

一体何があってそんな状態なのかは知らないが、ランクさんはこの後伯爵のお仕事を大分押し付けられるのは予想がついた。

ランクさん、どんまいだよ。『ハナ』さんのためには何かを犠牲にしないとだめみたいよ。がんばれ!と、心の中で応援を送っておく。


そんな時、前から数名の足音が聞こえてきたのでその方向を向いた。カティネス嬢がいる事に不安しかよぎらないのは何故だろうか。


「トルネン伯爵様、ご機嫌麗しゅうございます」

「カティネス嬢。今日もお美しいかぎりですね」

「うふふ、お褒め頂き嬉しいですわ。それよりも……そちらの女性は?」

「ああ、彼女が前に話をしていた『エマ嬢』ですよ」

「あら、貴方が……」


おお。なんだこの用意されたような会話は。

誰がこんな会話をしてくれと頼んだのだろうか。


「エマ・ワンダーソンでございます」


一応挨拶でもしておこうと、ドレスを摘んで頭を下げる。ちらりとカティネス嬢の方を伺うと、明らかに私にバカにしたような視線を向けているのが分かった。

ふむ。

やはりこの令嬢様は頭が悪いらしい。


こういった場合嘘でも悲しそうな表情をして、『貴方の事を選ばれたのですよ』とでも言うべきだろう。

わざわざ出向いてきて私の方が上な立場だと証明するなんて伯爵に迷惑がかかると思わないのだろうか。


そこまで考えてから気がついたことがあった。

私自身もこの令嬢をバカにしているのだ。


互いにバカにしているなんてなんてバカな事だろう。

彼がまだ彼女を選ぶ未来だって存在しているというのに。


「今までお顔を拝見できる機会がなかったものですから……存じあげなくてごめんなさいね」

「いいえ、仕方ありませんので」

「とっても素朴なお顔をされておりましたのね、まさかそんな方をトルネン伯爵様がお選びになるなんて驚きましたわ」

「趣味嗜好は人それぞれですものね」

「そうですわね、それがお二人の()()というものですわ」

「ありがとうございます。カティネス様は運命を信じてらっしゃるのですね」

「ええ、運命というのはすでに決まっているものですもの」


最後の言葉を呟いたのち、熱を持った瞳を伯爵の方に向けた。まるで自分自身が伯爵との運命の相手なのだと信じてやまないような視線。

その視線は少しだけ私を苛立たせる。


()()、運命というのは、前の世とかいう存在の事を言っているのですか?」

「もちろんですわ、もしかしてエマ様は前の世の鑑定をされていないのかしら?」

「必要のない事はやらない主義なのです」

「あらごめんなさい、そうですわね。()()には必要ありませんものね。ごめんなさいまし、分からなくて」

「はぁ、お気遣い感謝致します」

「それではわたくしは失礼しましますわ、ああ……伯爵様、あのお話、よろしくお願い致しますわ。それでは御機嫌よう」


ああ、御機嫌よう、カティネス嬢。


「伯爵は信じておりますか、運命」

「……信じたい運命はあるかな」


ニコリと笑った伯爵の瞳の奥に、少しだけ悲しい色が見えた。

彼は何を見つめながらこの言葉を言っているのだろう。

未来に何を見ているのだろう。

私は、彼に何を求めているのだろう。







________





「戻ったわ、ハナ、ハナ?お話を聞いてちょうだいな」


その令嬢が屋敷へ戻るといつもは笑顔で出迎えてくれるはずの侍女がおらず、自らの部屋に戻ってもその姿は全く見えなかった。いつもなら出迎えが出来なくとも部屋で準備をしていてくれたはずだ。何かあったのかと思い、名前を呼びながら屋敷の中を歩いていると庭に侍女の制服を着た彼女が立っていた。


「ハナ!こんな所にいたのね、さぁお話を……」

「ほぉんと、頭が悪いただの馬鹿だったわね」

「……え?」


令嬢は驚いて彼女の方を見つめ固まった。

いつも浮かべている穏やかな笑顔はそこに無く、ただ無表情で令嬢を見つめてくる女が立っている。


背筋がゾッとしたようだった。


何もされていないはずなのに、信頼している侍女のはずなのに、まるで別人がそこには存在していた。


「まるで、馬鹿、本当に馬鹿」

「ハ……ハナ?どうしてしまったの?」

「はぁあ、せっかくカランに操を売ってまで過去に戻ってきたのに、あんた全然活躍しないんだもん」

「み、操?過去?一体どういう事?」

「はっ、これだから頭がフワフワな甘ちゃんは困るのよ」


突然意味のわからない言葉を連発する侍女の姿をした何かに、様々な感情が沸き立った。しかしそれは一言で表すことができる。


『恐怖』


殺されるかもしれないという恐怖。

裏切られるかもしれないという恐怖。

彼女との関係が無くなるかもしれないという恐怖。


過去も未来も、今自分が想像していたものとは明らかに変化するであろう事が容易に理解ができてしまう、恐怖。


そんな考えが頭を支配してどうしようもない虚無感が体を巡った。



「あ……ああ、あなたは」

「私?私は東の魔女」

「魔女?魔女なんて実在する訳……」

「せっかくあの男と少し運命を感じるような前の世を()()()()()()のに、ほんと残念」

「どういう意味?」

「あんなにアドバイスをしたのに、男を奪おうとしなかったのは何故なの」

「で、でも伯爵様とは運命の相手で」

「あっはは、どうもこうも、普通あんなスペックの高い男があんたの運命の相手な訳ないじゃん?釣り合ってるとでも思ってた?」

「…………」

「前の世なんて、決められたまやかしに過ぎないってことよ」

「…………」


目の前に存在するその女の言葉が耳の上を滑っていく。

魔女?前の世を入れた?決められたまやかし?

では自分の信じてきた前の世は一体何だったの。

運命だと信じて生きてきたこれまでの人生は何だったの。

頭で理解するよりも前に、自らは思考を停止させた。

このままでは壊れてしまう。

わたくしの世界が消えてしまう。

だってわたくしは彼と結ばれて__。


「あーあ、喋らなくなっちゃった。つまんなーい。ま、今喋った内容は忘れさせてあげるから安心してよ、お馬鹿さん」

「ハナ、ハナはどこ……」

「都合のいい侍女はこの世から消えました、はい、おしまい。ああ、ランクにも言っておいてね、貴方のこと気持ち悪いって思ってたって」

「うそよ!!あんなに幸せそうにしていたのに」

「嘘に決まってるじゃない」

「ひどいわ!」


もう何も考えたくないかのように、その令嬢は座り込んで泣きじゃくっていた。

その年齢では考えられないようなその姿に、侍女の姿の女は呆れたような表情を隠さない。


「うるさいなぁ、本当これだから人間は嫌いなのよ」

「こんな……最低よ」

「それはこっちのセリフよ。はーあ計画が台無し、あの時までに2人の前で『魔女』って単語を出さなければ未来が変わらないのに、クズを動かさなきゃいけなくなったわ」


自らを魔女と言った女は、手元にある手帳を、ぱらぱらとめくると、悔しそうに顔を歪め、そして何処からか取り出した大きな荷物を手に持って屋敷の外へ向かう方向へ足を進めようとした。


「まって!ハナ!!!」

「なによ」

「出て行ってしまうの?どうしたらまだ居てくれるの?お金?お金がほしい?何でも言ってかまわないわ!」


先ほどまで泣いていた令嬢が立ち上がってハナと呼ぶその侍女の腕を掴んで引き止める。

すると、掴まれた侍女の顔は少しだけ寂しそうな顔をした。


「……お金なんて要らないわよ、私が欲しいのはステキな未来。変わらない関係。だからね、あんたとはもうお別れなの」

「そんな……嫌、嫌よ!!」

「ばいばい、カティネス、ちょっとは楽しかったわ」

「待って!ハ…ナ……」


ハナという名前を呼び終える前に姿を消したその侍女は、泣いていた令嬢の中で死んだ事となった。

目の前で殺された記憶に書き換えられた。

だからこそ泣きじゃくっていたのだと、令嬢は思った。

そうでなければこの悲しい気持ちに説明ができなかった。



お読みいただきありがとうございます!

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