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カティネス嬢視点から主人公視点に切り替わります。
カティネス・トレス。それがわたしくの今世の名前です。
なぜ今世と言うのか、それはこの世界には前の世の記憶を保持する人物が多いためです。それを人は『カランの呪い』と言うけれど、寧ろ記憶がある人物の方が成功している例が多いでしょう。
勿論わたくしも例外じゃありません。
前の世では平民で、毎日の生活もままならないような生活を送っておりました。ただ、1つだけ美しい記憶があるとすれば、それはとある騎士様に助けられた事でしょう。
それは美しい騎士様で、私を保護し、ほんの数ヶ月ではありましたが、メイドとして働かせてくれた時間は本当に輝いた時間でした。
今ではステキな婚約者様にも恵まれ、この後は幸せな暮らしを過ごすのみだと思っております。
話は変わりますが。この国では、前の世で何を行なっていたのかにより職業に影響があるのです。ですので、生まれてからしばらくして教会に向かい聖女様に前の世をみてもらうことが出来ます。ただし、みてもらうにはお金がかかるので貴族の間での習慣となっているのです。
リチャード・トルネン伯爵様は、時を遅くしてみてもらった貴族の中の一人でございました。
伯爵様とは、とあるお茶会で知り合いました。
社交の場に初めて出るという人物の紹介として伯爵様のために開かれたそのお茶会は、明らかに伯爵様へ自分の娘たちを紹介したいという意思が垣間見えるものであり、娘たちも例外ではなく伯爵様にチラチラと熱い視線を送っておりました。
そこで紹介された伯爵様も恐らく、周りのその意思には気がついていたのでしょうが全く相手にしていなかったのを覚えております。しかしその中でわたくしには声をかけてくださり、その娘たちの中では一番に親密な関係となりました。実は伯爵様から送られる熱のこもった視線に、わたくし自身も気がついておりましたので当然の結果でございます。もちろんその後も交流は続きました。
その時期でございます、前の世について診断をしていなかった伯爵様は、今からでも診断をしてみようかと思うと仰ったのです。『前の世が良くないものであったら怖いのです、共に来てくれますか』と仰ったので、わたくしも教会に向かいました。彼が怖いのは、前の世の記憶を持っていない人物だったせいもあるでしょう。
診断は教会の神父から告げられます。
神父は声を高く、その診断を告げました。
「この者の前の世は、騎士、それも皇族直属の騎士であった」
やはり、と思いました。
わたくしは一目見た時から、前わたくしを助けて下さった騎士様だと、運命だと悟っていたからでございます。
伯爵様も、前の世の記憶が無かったとはいえ、やはりわたくしに運命を感じていたのだなと思うと心は飛び跳ねるように高なりました。
時は流れ、数年後、王位継承権第二位であるアルフォンス殿下の秘書となっていた伯爵様は、殿下の許可がおり、いくつかの舞踏会に顔を出すようになりました。
そして、いよいよ正式に婚約者をという話が出た時に伯爵様がわたくしに告げてきました。
『これから、魔女の力を得るために、とある女性と親しくならねばなりません』
意味が理解できないわたくしに、伯爵様はさらに説明をして下さいました。
『魔女の力を手に入れるためには条件があるのです、今回は、指定された女性のこころ。殿下に命を受けましたので逆らう事はできません』
他の人物がその女の心を得るのではダメなのか、わたくしが疑問に思うと、自分の名も指定されていた、と伯爵様は仰いました。
ただ、わたくしには分かりました、その言葉をわたくしに伝えるという事は、待っていてほしいという事なのだと。本当は嫌だという事を。
馬車で起こした事故は『そろそろ伯爵様もカティネス様とお会いしたいと思っているはずですわ』と侍女が言ってきたというのもありました。流石に命があったからでしょう、わたくしと会う時間も全く取れない伯爵様のために少しでもわたくしを感じて欲しいと起こしたものでございます。
あの場にいた、あの薄汚い少女が《エマ》。
ほんとうに伯爵様がお可哀想でなりません。命とはいえあんなみすぼらしい格好の娘なんて近づきたくもないでしょうに。
そして今日、その娘が王宮に来ているというのです。
わがままにも程があります。
これはとても良い機会でしょう、誰が本物の婚約者なのかを思い知らせなくてはなりません。
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私が王宮の付近を歩いていると、突然ランクさんが現れ、王宮に連れていかれた。伯爵の仕業かと思ったがそんな事はなく、今目の前にいる人物が本当にいつもの伯爵と同じ人物なのかを必死に考えてみる。
ふむ、顔は同じようだ。
「これはエマ嬢、まさかここまで会いに来てくれるなんて、なんて情熱的なんだ。本当に嬉しいよ」
話す内容はいつも彼が話している内容とは一致するが、声に全く感情が入っていない上、張り付いたような笑顔にまるで紳士のような仕草……いや、いつも紳士みたいに優雅なんだけど、なんかちょっと違う。こう、いつもなら抱きついてきたり、頭撫でてきたりするのに、って、そっちが普通じゃないのかもしれないけれど。
それに、エマ嬢などと呼ばれたのは初めてだ。
ここでは貴族の娘として振る舞えということだろうか。
一応、伯爵が送ってくださった服は着てきたけれども……。
「……伯爵におかれましても、お元気そうでなによりでございます」
チラリと伯爵を窺うと、笑顔の中に焦っているような感情が見えた。
やはり、この出会いは彼が望んだことではないようだ。
ランクさんは私を伯爵の前に置いた瞬間にどこかへ行ってしまうし、伯爵は伯爵で周りに人がいないにも関わらず変な態度のままだ。
「エマ嬢、こちらのベンチにでも座って休まないかい?」
「ありがとうございます」
いくつかの疑問があるが、とりあえず伯爵の事は信じようと決めたのだ。彼が誘導するベンチに座るとしよう。
さて、何故私は王宮に入る事になったのか、そもそも何故ランクさんが私をここに連れてきたのか。
伯爵が1人で歩いているところに連れてこられたが、ランクさんを動かした人物はそこまで予測していたのだろうか。
「……エマ」
伯爵が突然顔を寄せてきたかと思うと、小声で話しかけてきた。息が耳にかかってくすぐったいのだが、ここは我慢すべきだろう。
「なんですか」
「ランクは何か言っていなかった?」
「なにやら、『ハナ』という人物のためと言っておりましたが」
「ハナ……ああ……カティネス嬢の侍女か、厄介だな」
伯爵の声トーンが明らかに下がったのが分かった。
なにやら前に馬車の事故で見た令嬢の周辺は厄介な相手らしい。華奢で可愛らしい娘だと思ったのだけど、こんなにも嫌そうに誰かの名前を出す伯爵の声は初めて聞く。
驚いて伯爵の顔を見るとあの貼り付けの笑顔が飾られたままだった。なんだかつまらない、いつもより全く魅力が感じられない。
「ねぇ、伯爵」
「何かな?」
「好きですよ」
「なっ……」
「今日の服装」
「…………っ!エマ、王宮でそれは良くないよ、誰が見ているか分からないのだから……」
「あら、それは何故なのでしょう。私と本当に仲が良いとバレてはいけないのですか」
「……今日は本当に意地悪だね、後で覚えておきなよ」
抱きつきそうになったのか、私の手を握ってきた手に力がこもったのが分かった。少しだけ驚いた顔も見れたので良しとしてあげよう。
そういえば、ランクさんは瞬間移動の魔法を使ってここまで連れてきたために、全く王宮の外観を楽しむことが出来なかった。しかも今も何処かの裏庭のような所で、本当にここが王宮の中なのかは不明なくらいだ。
つまり、私は王宮見学をしてみたい。
「伯爵、提案です」
「なに?」
「王宮、共に散策させて頂けませんか」
お読みいただきありがとうございます!




