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魔女の小話と本編です
魔女は4人とも研究を行なっている。
東の魔女は世界の理、西の魔女は様々な薬、南の魔女は人の感情、そして、北の魔女は魔女についての研究だ。
何故研究を行うようになったのかについては、長い時間を生きる中での退屈しのぎに過ぎないが、各自それぞれの研究に誇りを持って行っていた。
北の魔女は二番目に生まれた魔女であり、人間と距離を置く唯一の魔女だ。彼女が人間と距離を置くには理由がある。
魔女達は人間に『お前は魔女だ』と言われる事で、願いを叶えなければいけない決まりになっているが、それはカランによってかけられた呪いであり、発動するには条件があった。
そしてそれは、『自分を魔女だと認識していない』と思っている者に言われる事で発動するという事だった。
北の魔女は、自らを奥地に置き、気味悪い部屋に閉じこもり、老婆の姿をすることで、相手が魔女だと告げる前から『相手は魔女という認識がある』と理解しているため呪いが発動しない仕組みをとっているのだ。
だからこそ彼女は、魔女の中で一番の美貌を持つにも関わらずそれを全く活かすことのない生活を送っている。
「やっほぉ、久しぶり!」
「なんだ、西のか」
「んもぉ、お姉ちゃん暗ーい」
突然姿を現したのは、白い髪を三つ編みにし、ピンクの瞳を輝かせた若い少女だった。
側から見たその2人は老人と孫に見えるだろうが、彼女達は姉妹であり、同士でもある。魔女達は互いの事を尊敬してるのだ。
「あ、そうだ。さっき東のが『南のお姉ちゃんが、人間の悪の手に染まってしまうー』って心配してて、だから南のお姉ちゃんの居場所知らない?」
「西の、それはいつの事だ?」
「んーいつだっけ?5年位前?」
「はぁ……西のよ、人間の5年は割と長いのだぞ」
「あ、そう言えばそうだったねぇ」
既に悪の手に染まっちゃったかなーとにこにこと笑いながら少女は手元にあった水を飲んだ。それは、人間にとっては毒と言われる物であったが、彼女には関係ないようだ。
「もしかして、襲われちゃってたりして!」
「そうしたら相手の男は突っ込んだ場所が溶け落ちるだろうな」
北の魔女はケタケタと笑いながら西の魔女をもてなす準備を始めた。
魔女達の体は殆ど魔力でできている。
皮膚よりも先は殆ど魔力だと言っても過言ではない。
魔力は本来、体に悪影響を与える物だという事を知っている人物は世界に何人いるだろうか。しかし、彼女たちの実験によってそれは昔より明らかであった。そして北の魔女が言った言葉、溶けるというのも事実である。
使用されている最中の魔力による影響は殆どないが、魔女が体に貯めた魔力に耐えられる者はそれこそ不死である人間か、『純愛の石』を飲み込んだ者位だ。
そもそも、不死の人間というのは『純愛の石』を飲み込んだ人間がなり得るものであるので、要は、その石を飲み込んだ者しか魔女とはそう言った行為などは出来ないと言える。
『純愛の石』は魔女の意思で作成する事は禁止されている魔法石の一種だ。禁止の理由としてはその石によって不死の人間を作成してはならないからだと魔女達は認識している。もし自らの意思で作成してしまった場合、予測不可能な事が起こるらしい、それは世界単位で決まっていることだ。
しかし、その石は魔女の魔力無しでは作成は不可能なのである。
ここに『呪い』によって魔女の恋愛が可能になった理由があった。
「ねぇ北のお姉ちゃん、ちゅーも、したら口溶けちゃうの?」
「さぁ、唾液に触れたら少しピリピリするかもしれんね」
「なるほどねーはぁー、そしたら本当にずっと、何も経験できない処女なのね私達……」
「…………」
「人間達の間では、30歳まで童貞なら魔法使いになれるって噂だけど、本物の魔女はもう3000年以上処女だって言ったら笑っちゃうわよね」
「そうじゃな」
「たまに依頼で媚薬頼まれるのよーもうやんなっちゃうわ!私はその体験できないのにっ」
「うるさいよ、西の」
西の魔女はどこからかポーチを取り出し、メイクを直し始めていた。口でぶつぶつと文句をいいながら、せっせと顔を直していく。
北の魔女はそれをちらりと見ながらため息をつき、奥から自分が昔使用していた化粧水を取り出してきた。
そして、それをパシャりと西の魔女の顔にかける。
「うきゃ!なにするのよー」
「そんなコテコテのメイク西のには似合わない」
「うぬぬぬ、もうー……まさか呪いで顔も変えられなくなるなんて、北のお姉ちゃんは綺麗だからいいでしょうけど、私はメイクしないとブスなのよ」
「西のは、このままで十分……」
「あ、あれ…この化粧水美白効果ありなの!?」
こうやって西の魔女は『少しだけ居させて』といって1年以上住み着いたのは言うまでもなかった。
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「おはよう、エマ」
「……おはようございます、伯爵」
朝、いつもと変わらず顔を見せた伯爵は、以前よりも何倍も顔を輝かせて私に近づいていた。
「近っ」
「エマ、抱きしめてもいいよね?」
「ダメです」
「はぁ……恥ずかしがっているエマも可愛い、つい抱きしめてしまうのは仕方がないことだね」
そう言って伯爵は、井戸から水を汲んでいた私を抱きしめてきた。井戸から水汲んでる時とかずるくないですか、身動き取れないんだから。
伯爵は、あの日私から言質を取った日から前よりも更にスキンシップが増えた。抱きしめてくるのはもちろん、絶対に髪にキスをしてくるまでが一連の流れとなっているほどだ。
「そういえば……エマはエルレジェンダ侯爵と知り合いなの?」
「エルレジェンダ侯爵?ああ、あの、お店が襲われた時に居た方ですか?」
「……知り合いではないの?」
「彼がエルレジェンダ侯爵だとは知りませんでしたね」
「では知り合い?」
「何故そんなに聞いてくるのですか」
そう言うと伯爵は私を抱きしめる腕に力を入れて少しだけ黙ってしまった。彼は私に嘘がつけないらしいので、言葉を選んでいるのかもしれない。
「……彼が、エマの事を心配していた」
「はい?」
「しかも、『エマ』って呼び捨てにしていたんだ」
「はぁ」
「……本人がこれでは私の心配など不要なのかな」
心配など不要なのか、と言う割に、私の体を離そうとはしない伯爵は、更に腕に力をこめてくる。
少しだけ幼い口調で話す伯爵の顔が今見えないのがちょっとだけ惜しく感じ、つい、笑いながら彼の髪を梳いた。
彼は甘えるように私の肩に顔を擦り付け、「ずっとこのままで居たい」と言葉を漏らす。
彼はしばらくじっとしていたが、いい加減仕事に行かないと遅れてしまうだろう。私は伯爵に声をかけようと、伯爵の腕の裾を少しだけ引っ張った。
すると、伯爵が顔を上げて真剣な目で見つめてきた。
「本当にエルレジェンダ侯爵とは、親密な関係じゃない?」
先ほどから聞かれている答えについて、伯爵が何かを知りながら私に聞いている事は分かっている。だからこそこちらだけ答えを伝えるのは割に合わないのではないか。
というより、貴方も始めから呼び捨てでしたよ、という所から攻めるべきか。
伯爵も何か負けを認めるべきである。
「伯爵も、秘密にしていることがありますよね」
「え……」
「知っておりますよ」
「……え、え!それは、どれについて……あ、」
「え?」
「…………」
私の肩を掴んだ伯爵が、言葉を詰まらせて泣きそうな顔になった。
なんだ、何をそんなに隠しているんだ。私に悪い事でもしようと言うのか。そんな考えを遥かに上回るほど、伯爵は辛そうに顔を歪め、今にも崩れ落ちそうになっている。絶望を前にしたようなそんな顔だ。
「……エマ、あ……もう、聞かないから、お願いだ、許して……」
「……何故そこまで貴方が泣きそうになっているのか私には分からないのですが」
「そうだね……でも分からなくていい、ただ、ただ……」
どんな想いで私にすがっているのか分からないが、こんな悲痛の顔をする人だとは思っていなかった。弱く出たとしても、そんな顔を晒すような人に思っていなかったのだ。
ああ……こんな死にそうになってしまうなら、仕方がないそのこと話してあげようか。
今度、からかおうと取っておいたのだけど、今回は特別だ。
「伯爵、伯爵」
「……なんだい」
「私が知っている伯爵のことは、殿下と夜に親密だと言うことですよ」
「え…………ええ?!」
「え?」
「ち、違う!確かに殿下には夜にマッサージを行う時があるが絶対にそんな関係ではないよ。誓ってもいい」
「本当ですか?」
「本当だよ!」
伯爵の真っ青な顔が一瞬で真っ赤に染まる。
まるで色の変わるランプみたいだなぁなんて思いながら顔をじっと見つめた。必死に弁解をしている伯爵を見ていると、どちらにしろ私には『殿下とそう言う意味で親密だ』と思われたくない事が容易に伝わってくる。
今はそれでいいかもしれない。
伯爵はとにかく必死に訴えたのち、伯爵の使用人が迎えに来て連行されていった。
さて。
彼が私に何かを隠し、さらにそれが何個もあるという事が分かってしまった。しかしどうやら、私には嫌われたくないようだ。
「そういえば、私も自分で確認をしないで婚約者について言ってしまったわ。見に行こうかな……」
伯爵ばかりせめるのは良くない事なのかもしれない。
こうして、私は火事によって店番ができない今の時期に、お城の付近を散歩する計画を立て始めた。
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