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遅くなりました!
「おい!縄を解けよ!」
「それくらい魔法で解けるだろう」
「なんで目の前に解けるやつが居るのに魔法使わなきゃいけねぇんだよ。俺は魔力回復が遅いって言ってんだろ」
「そうかい、じゃあもう少しそのままだな」
「くっそ…」
目の前で繰り広げられていた兄弟喧嘩の様な言い争いは、伯爵が男を縄で縛り上げる事で終結した。
一体どこからその縄を取り出したのか気になる所ではあったが、とりあえず目の前の騒動が終わってホッとしている。
伯爵はランクという男とはいつから知り合いなのだろうか。こんなに戯れあえる関係の人物が伯爵に居たなんて驚きだ。
最近舞踏会などに顔を出すようになった人だから、昔からの知り合いなどは少ないと思っていた。
それは勝手な臆測だったようだ。
そんな事知ったところで、私には何も影響はないのだけど。
「魔力って、量とかもあるのですか?」
「魔力は量あるだろ」
「出せるパワー的なやつが違うだけなのかと思いました」
「量もパワーも回復力も人によって全然ちがうよ」
「へぇ、面白いのですね」
ランクの魔力についての会話をしていたので耳を傾けながら紅茶を淹れようと席を立った時だ。
外から女の人の悲鳴が聞こえて来た。
「きゃぁぁぁぁーーーーー!!!!」
「なんだ!!」
「悲鳴ですよ!!」
「…………近いね」
倒れていたのはこの辺りでは見たことのない顔の貴族の娘だった。
土でできた道には馬車が勢いよく走っていった跡が残っており、娘は道の端に尻餅をついた状態で倒れている。
この辺りは、近くに住む村の人たちや隣の村に出る魔物退治をする冒険者位しか利用しない。だからこそ、その貴族の娘がこの場所に存在していることだけでも異様な雰囲気だった。
周りを見渡すと私達が居た店以外からもぞろぞろと人が出てきており、隣にある武器屋のおじさんや、少し遠い場所にある道具屋の店主までいる。
「どうした」
「これは伯爵様、じつは」
その貴族の娘は人が集まって来ているのをぼーっと見ていたかと思ったが、伯爵の姿を見つけたかと思うと一目散に伯爵に走り寄ってきた。
そしてそのままの勢いで伯爵に飛びつく。
「ああ!!トルネン伯爵様ぁ!」
「…………」
「……伯爵様、私、私……」
「どうしたのですか、カティネス嬢」
輝くようなブロンドの髪をなびかせて走り寄るその姿は弱っている令嬢そのもので、それを支える伯爵の姿はまるで王子様のようだった。
透き通るアクアブルーの瞳から溢れる涙はクリスタルみたい。
とってもお似合いじゃないですか。
綺麗な顔立ちの人が並ぶとそれだけで素晴らしい絵になるものだわ。
いいな、私では到底ああはならない。
「マ…………エマ!」
「ふぁい!?」
「彼女を家まで送るから、今日はこれで帰ることにするよ」
「あぁ、はい、かしこまりました」
「寂しい?」
「え……」
突然聞かれたその問いに、何故かすぐに答えることができなかった。別に答えなんて分かりきっているのに。
それはきっと今目の前でお似合いの二人を見たせいなのかもしれない。変な考えが頭を支配しているのだ。
いつも私ばかりを構う伯爵が今はとても遠い存在に感じたせい。そうに違いない。
「…………え?」
「あ、いや別に」
「なんだ、寂しく思ってくれているのかと思ったのに」
「あははは、まさか、あり得ませんよ」
「あり得ない……ね」
少しだけ寂しそうな顔をした伯爵に、少しだけ心がチクリと痛んだ。
何故、貴方は私に構うの。
そういうの、本当に。
「いってらっしゃいませ、伯爵」
「ああ……」
本当に、鬱陶しい。
「トリス家の娘だったな」
「今の方ですか?」
「当たり前だろ」
「当たり前じゃないし」
「ああ?」
伯爵が去ると野次馬たちも消え、私とランクさんが残された。
ランクさんは未だに縄を解いていない。
よくここまで来れたもんだ。
あの貴族の子は大丈夫なのだろうか、一体何があってあそこに転がっていたんだろう。
伯爵の事は知っているようだったし、彼がついていれば大丈夫なのかな。
「あの娘、あいつの婚約者じゃなかったか?」
「婚約者?」
「ああ、なんかそんな話してたぞ」
「へぇ……」
「その発表の準備で最近忙しいとか言ってたはずだ」
最早、言葉も出なかった。
なんだ、心配なんてしなくても良かったみたいね。
「おい、この縄解けよ。帰れねぇ」
「…………そのまま帰れるんじゃないですか」
「あ?なんでそんな怒ってんだよ」
「うるさい!ばーか」
「おま、はぁ?!」
私はランクさんを無視して店に戻ると静かに席に着いた。
そうだ、伯爵の交友関係なんて私には関係ない事だ。
貧乏な男爵家の娘で、伯爵のお店で雇われていて一生家族の為に働いている。そんな娘には……。
ガラスに映る私の姿を見ると、くすんだオレンジ色の瞳がこちらを眺めていた。
「ボサボサの頭……」
ふいに、昔小さな男の子にこの髪を褒められた事が蘇ってきた。あの子は私の髪を見て、最近食べたチョコクッキーみたいで素敵だと笑ったのだ。
「ふふ……クッキーって」
褒め言葉じゃないかもしれない。でもあの男の子の笑顔が私には嬉しかった事だけはしっかりと覚えている。
気がつくと、私はそのまま眠っていた。
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昔の話だ。
昔、私が住んでいた近くに少し大きな池があった。
池の周りには木が沢山生えており、よくその木陰で遊んでいた。
山奥にあるその場所には、あまり人は居なかったと思う。
だから私は、その人と沢山おしゃべりをした。
会話の内容は取り留めもない事だったが、私にとっては最高に幸せな時間だったと思っている。
私にとって、その人が。
「伯爵様、どうされたのですか」
「……ああ、申し訳ない」
「うふふ、でも良かったですわ。たまたま伯爵様が助けてくださったから、私の命は救われたのですもの」
「…………大げさですよ」
「お父様にもお伝えしなくては、やはり伯爵様が運命の__」
「私は」
「え」
「私は城に用事がありますからここで失礼致しますね」
もっと一緒に居たそうな令嬢にニコリと笑いかけると、彼女の頬が紅く染まった。
馬車の見送りを終え、城にある裏口の方向へ体を進めると後ろに人影がかかる。
「…………リチャード様、ハウズハンド家の裏について調べがつきました」
「ああ、ありがとう」
その人物は私に紙を手渡すと、その場から姿を消した。
「私の使用人は優秀だね」
私の目標は成功させなければならない。
その為には多少の犠牲を伴うのは分かっていたことだ。
それが人の心だろうが知ったことではない。
だってそれは騙される方が悪いのだから。
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