11
遅くなりました!
正直、私の家族達は少しだけ頭が悪い。あと思考が単純にでき過ぎていると言っても過言では無い。だからこそ私がしっかりしなくてはならない。
そう考えて毎日生活を送っている。
「ええ……改めまして」
伯爵は、「今回は自分が急に来たことが悪いのでそんなに畏まらなくていい」と言ったのだが、家族達がそれを断り、慌てて寝巻きから着替えて今客間に集まった。
伯爵は「なんだか申し訳ないよ。私はいつも通りエマに会いに来ただけなのに大事にさせてしまったね」と言って私の頭に触れてきたので、本当に悪いと思っているのか不思議になる。
この際なので重い荷物を運んでもらおうと誓った瞬間だ。
「ワンダーソン家へようこそいらっしゃいました、トルネン伯爵様。私はワンダーソン家当主のラフドルと申します。そしてこちらが妻のルーシュカ、長男のグルーブ、次男のアルデンです」
「はじめまして、リチャード・トルネンです」
伯爵は、家族達がわたわたと着替える前に一度挨拶をしていたのだが、父様の初めからやり直そうという意図を少しだけ汲んでくれたらしい。
やり直したとしても、家族が伯爵の前で披露した気が抜けるような顔は消すことはできないのだけどね。
「いやはや、それにしても伯爵様はなぜここにいらしたのですか?以前から使いの方も来てくださってはいるが……私は伯爵に何かをした覚えがないのですよ」
父様がそんな事を言っている。覚えがないなら使いの方を家に入れてはいけない筈だし、料理を作ってもらう事を遠慮するべきだったと思う。それが普通の判断だと私は考えるのだけど、私の家族はそうではないようだ。平和ボケもいい所だ。普通の家でもそんな事はしないだろうに。
ただ、ここで伯爵が「私に一目惚れをした」とか何とかを言われてしまったらこの家族がどんな行動に出るのかは考えなくても分かるものだ。
私はそれを伝える為、じっと伯爵を見つめた。
すると、伯爵の方も私の方を見てきて、にこりと笑う。
あれ、なんか、悪いことを企んでそうな顔に見える。
「エマ嬢は私の店ですごく良く働いておりましてね。とても素晴らしい娘がいると評判なのです。だからその恩を返したいと思っての行動なのですよ」
「ほう!それはそれは!」
いやー……それはそれは!ではない!
そもそも貴族の親は自分の娘が街で働いている事を認めちゃいかんでしょ……。だめだ、だめすぎる。
しかも、働いてるだけで恩を返したいとか……他の従業員も大勢いるし、皆んなに同じく恩を返してるというのは考えにくいでしょうに。
私の頭ではちょっと信じられないが、私の家族達は伯爵の言葉に納得したらしい。
そのままの調子で穏やかに会話を続けていった。
「先程から気になっていたのですが、あちらにある置物は何でしょう?」
穏やかな会話を一度終え、私が新しい紅茶を淹れて家族みんなに出した時、伯爵は暖炉の上に置いてある茶色い箱について家族に問いかけた。
全体的にシックな造りである我が家(古いとも言う)の中でも類を見ないほどの古びた雰囲気を醸し出すその箱は、随分昔からそこの場所に置いてあったと記憶している。
ただし、一度も開けた事はない。
寧ろどこから開けたら良いのか分からないほど綺麗に木を正方形に当てはめてあり、私は置物のような物として認識していた。
「ああ、あれは……私の祖先が昔魔女に貰った物なのですよ」
「魔女に?」
「ええ……昔、我が家は栄えておりましてな。その時代、魔女の加護下にあったからと言われているのです。それは先代が魔女から受け取った物。我が家の家宝として受け継がれているのですよ」
「では中身は」
「誰も、見た者は居ないのです」
私たちの家は昔からずっとその箱をお守りの様に扱ってきた。その箱には魔女の力が眠っているから私たちを守ってくれる存在であると信じられてきたのだ。
「かの有名なファミリアは私どもの祖先だったとも言われておりましてな。もしかしたらその中身は彼の最高傑作が入っているかもしれない。とも言われているのです」
「しかし、開かない。と……」
「ええ……どれだけ素晴らしい物が入っているのかには興味がありますが、やはり昔から大切にしている物。壊す事は致しません」
昔から、大切なのは何が入っているかではなく……大切にする気持ちなのだと父様は言っていた。
それは本当にそうだと思う。
「それは大切な物を紹介して頂きました。ありがとうございます」
にこやかに笑う伯爵を見て、私は不意に自分が
伯爵はこの箱をどう思ったのだろうか。私の家族と同じように『大切なもの』と感じてくれたのだろうか。と、考えている事に気がついて頭を横に振った。
そんな事考えてどうなるのか。同じく大切な物と認識したらなんなのか。
そんな疑問を持った自分の気持ちは無かった事にして、私は終えていない家事をやってくると家族に言った。
とりあえずこの場から離れよう。
家事は本当にそろそろやり始めないと終わらないし、店番にも行けなくなりそうだ。
「とりあえず朝の支度だけでもやらないと終わりません、なので私はこれで」
「では私はエマの手伝いをするとしよう」
「は、伯爵様!」
「…………」
慌てて伯爵を留まらせようとする家族達を横目に、私は伯爵を普通に睨んでいた。
私の家族は全く家事はできないので、このまま手伝ってもらわなければ確実に店番には遅れてしまうだろうことは分かっている。
しかし、ニコニコと笑う伯爵からの視線には店番遅れたら許さないというような気配を感じるのだ。
もし本当に伯爵が優しい人物なら、ここで私にお休みをくれるはずなのに、全くそのセリフは言いそうにない。
寧ろ、早く家族の前で自分を動かせと目が言っているようで恐怖すら覚えてくる。
こやつは……。
「は……伯爵は」
「うん?」
「お店の為に手伝ってくださると……そう言ってくださって、いるのですよね?」
「あー……」
「そうですよね?!」
「…………ふふ」
口元を押さえて肩を震わせる伯爵を、私は少しだけ顔を赤くしながらじとっと見つめ続けた。今回は笑ったのだからそちらの負けなんだぞ!芝居は終わり!
私がただ忙しいという理由で伯爵を動かしたのであれば、それほどの仲なのだと家族に見せることになったのだろう。
何も言わないままであれば、一目惚れをして、好きだからこそ手伝いたいのだと家族に訴えるつもりだったはず。
「くく……ああ、そうだねエマ。早く店番をお願いしたいから手伝わせてくれないかな」
「ええ、伯爵は仕事熱心ですからね」
一応思い通りにする事は避けただろう。
唖然とした顔をする家族が疑問を口に出さないうちに、私はその部屋から伯爵を連れ出し、今回に関する文句を口にするのだった。
お読みいただきありがとうございます!




