2:悪夢は終わる
ローゼは夢を見ていた。
この屋敷にやってきた頃、よく見ていた夢だ。
詳細も朧気な夢だ。
殆ど思い出せない夢だ。
遠ーーてーくー屋、
ー暗ー窓ーーい部ー、
夜通し聞ーえーーてーる少ーのーえぎ声、
むせーーるほーのー臭ー鼻をつー
恐ーーに響ーー吠ー、
ーかいー―プの味、
幸ーそーなー供達ー笑ー、
肌ー焼ー炎ーー気、
向けーーた恨ーの視ー、
憎悪ー眼ー映ーー人々、
ーざ嗤う人、ヒト、ー
......死にかけの少女が、血にまみれた手をわたしのほおにあてた。
どうか……………………
何かがローゼの頬をなでる。
目蓋を開けると、何も見えない暗闇の世界だった。自分が立っているのか、横たわっているのか、それすらわからない。
そんな異常事態でもローゼは動じない。動かない。
心が、動かない。
と、どこからともなく、スイっと何かが近づいてくる。
さも当たり前かのように堂々と泳ぐ魚だった。
魚はローゼの目の前を通り、来た方向へ引き返していく。
それはまるでついて来いと言わんばかりであった。
だが、ローゼは動かない。
付いてきてないことに気づき、魚はもう一度目の前を通過する。
やっぱり、ローゼは動かない。
………………
…………
……
何度繰り返しただろうか。
しびれを切らしたのか、魚はどこかに行ってしまった。
それを見送り、朦朧としてきた意識を自覚しながら、ローゼはゆっくりと目を閉じる。
………………
…………
……
「ああ、もうほら! 酸欠で死にそうじゃないか! キミが死んだらボクも一緒に死ぬんだからね! ああ、もういろいろ狂ったじゃないか!」
不意に唇に柔らかく温かい感触を感じた。
なにかを注ぎ込まれた気がした。
とても大切な何かを。
とても怖い何かを。
とても暖かい何かを。
意識の靄が晴れていく。
目を開けるとそこは美しい海の中だった。
太陽の光がサンサンと降り注ぎ、海水を煌めかせる。
一面のサンゴ礁の間をカラフルな熱帯魚が駆け回っている。
ふと視線を感じ、振り返ってみると、そこには大海淵が広がっていた。
その深淵のギリギリ光が届くところに、海底よりも浅瀬の方が似合う魚が一匹いた。
その魚はローゼを見ていたあと、くるりと、深海に向かって泳ぎ始めた。
その姿はすぐに見えなくなった。
ローゼはその後姿を見えなくなった後でもじっと見ていた。
ずっと、ずっと。
ようやく、視線をそらしたローゼの耳のそばで声がした。
「吸血鬼が眠る部屋―――その隣の仕事部屋にある両袖机。左側下から二段目の中。それがキミのスタートラインだ」
振り返るが誰もいない。ただ深い闇が広がるだけだ。
声は続く。
「さあ、お目覚めの時間だ。ただ、ボクがおはようを言えないのが、少し残念だけどね」
フ、と体が浮く。
そして海面へと浮上していき、
ローゼは目を醒ました。
「はあ、もう、あんなに気に病む、気を病むことないのに。だけどそんなに想ってくれていたってこと自体は、シシッ! うれしいじゃないか!」
「でも、それじゃだめなんだ。ボクたちはもういないからね」
「だから、自分の心象世界で溺れることになるんだよ」
「キミが死んだらボクたちも死ぬってのに。本末転倒じゃないか」
「これ以上はボクでは守りようがない。――女神さまも何かするようだし、いい機会だと思ったんだ」
「だから、キミを解放しよう。不完全でもこれからだ」
「ボクたち以外のつながりを見つけなきゃ。だから、聞こえないだろうけど言うね?」
「いってらっしゃい」
どこか旧い時の中でシシッと笑った。
[ええ、願いは叶えましたよ? 優しくて残酷な女神さまが、できる限りの権限を使って]




