プロローグ
プロローグ ~人嫌い~
血汁によって生まれた汚れは、新雪の如く白い柔肌を彩る装飾品に成り下がった。
その髪は、埃と泥に塗れたこの奴隷市場においても、白銀の艶やかさは失われなかった。
ずだ袋に穴を開けた程度の貫頭衣では、しなやかな肉体の線を隠しきれていなかった。
その目は、何も映していなかった。
暗き海のようなその深蒼には、
唯々内から湧き出る失望が浮かんでいた。
周囲の物には目もくれず、責めるような、凍るような、蔑んだ視線を者共、否、物共にくれていた。
襤褸雑巾と間違えられても可笑しくない服も、
痛々しい手枷足枷さえも気にならないほど、美しい存在だった。
それ故に、
周りの者は、不釣り合いな眼に視線を引き寄せられ、覗き込み、背筋に悪寒を走らせた。
否、背筋に剣を差し込まれていた。
その瞳に覗き込まれた時、私はそいつの運命を決めた。
† † †
プロローグ ~人殺し~
ああ、分かっていたさ。
それでももう少しだけ、一緒にいたかった。
結局君が心から望んだものは、どれ一つ成し遂げれなかったな。
ああ、どうしてだろうな。
俺は時間が有限であることを知っていたのに。
幸せが失われることがないと思っていただろうか。
そんなもの、嫌というほど、
それこそ地獄のような光景を見てきたというのに。
ああ、寒い。もう感覚だって止まっているはずなのに。
君の好意に甘えていただろうか。
君が好きな俺は、そんな俺じゃないだろうに。
嗚呼、走馬灯なんて、見せないでくれ。
生きたい。
生きて君のそばに、なんて馬鹿なことを思ってしまう。
手遅れなのに。
もう叶うこと、願うことすら無いというのに。
俺が零れ落ちて、消えていく。
……前言撤回。
願わくば、
もう一度だけ、少しで、いい、泣き顔ではなく君の笑――――
………あれ、なんだっけ………
そして、女神は一部始終を視ていた。
† † †
プロローグ ~人でなし~
「ふぇぇ………どうしてこうなるのですかぁ~」
少女の声が響きわたった。
今、少女は、薄暗いの檻の中にいた。
モッフモフのウサミミをへたれさせて。
少女は何故囚われの身になったか、シクシク泣きながら思い出していた。
数日前、少女は生まれて初めて街を訪れていた。
故郷の森での生活が全てだった少女には、
大勢の人々が行き交うメインストリート、
堂々と闊歩している馬のいななき、
露店の呼び込みと漂ってくる香ばしい肉の焼ける匂い、
大きな街にはよくある薄暗く怪しい路地裏。
街の全てが、何もかも真新しいものなのだ。
ゆえに、そう、故に、
少女の行動は、
あっちへキョロキョロこっちへキョロキョロと、おのぼりさん全開だった。
料理などもおいしそうだったが、
如何せん知らない料理ばかりで、
手が出しにくかった。
決してゲテモノが多かった訳では無い)
※焼き鳥と野菜スティックだけは胃袋に収まった。
だから、八百屋の前で足が止まったことは、
何も不思議なことではなかった。
店の前で立ち止まって品物を見ていると、
怖――――――厳つい顔の店主が声をかけてきた。
「よう、娘ちゃん。見ねぇ顔だが、ひょっとしてこの街は初めてか?」
店主は、普段通りの顔をしているが、そんなことは知るはずもないウサミミは、
「ひっ、ひぃ~。売り飛ばさないでくださいぃ~」
と、涙目、いや泣きながら、
この胸の果実は見逃してください、と頼みこんだ。
「娘ちゃん、実は結構余裕あんだろ。怯えなくても、売ったりしねぇよ。で、買うんだったら早くしてくれねぇか?」
と、ウサミミの後ろに出来つつある列を、指差した。
りんごと桃のような果物を購入して、店主に礼を言うウサミミ。
列が大きくなってきたから、立ち去ろうと店に背を向けると、
「ああ、そうだった。この頃、人さらいが増えてきているみてぇだから、気ぃつけろよ」
娘ちゃんのような美人の亜人が狙われてるみてぇだからな、と忠告してくれた。
見かけによらず、優しいのだ。見かけによらず。
「大丈夫ですぅ~。わたし森育ちなので、危険とか毒とか探知できますのでぇ~。ありがとうございますぅ~」
と返事をして店を離れた。
少し歩くと、
路地裏からいい臭いが、少女を誘ってきた。
それに釣られてフラフラと歩いていった。
危険とかは察知できるはずの彼女が、薄暗く怪しいと感じた路地裏に吸い込まれていく。
† † †
次の記憶は知らない天上(鉄製)だった。
言わんこっちゃなかった。
さらわれたのだった。
「出ろ」「ファ!? ッッ!?!?」
いきなり、
低く野太い声をかけられたウサミミは、
檻の天井(鉄)に頭をぶつけ、涙目で蹲った。
声をかけた男は、
悶えているウサミミには目もくれず、
首輪の紐を引っ張り檻の外に出した。
その日、人に言えないペットを買いに来た人々は、
とてもあざとい、もとい保護欲がドバドバ出る光景を見た。
涙目のウサミミ少女が上目遣いで震えているのだ。
それも、土や泥で汚れて。
全員が守ってやりたい、抱きしめたいと思ったようだ。
ペットにして、一緒に遊ぶつもりで来た紳士たちだろうに。
もっとも、一人だけ別の感情で満たされているようだが。
ウサミミが隣に立つさっきの男にこづかれて、
お客に対して顔がよく魅せられるように、
その場でゆっくり回らされたとき、
爛々と加虐心に輝くメイドと
目が合った。